心、制御不能


俺がなんでこんな悶々としていなけりゃいけねーんだ。はっきり言って、かなり腹が立っている。


「何でこんなめんどくせーこと考えないとならないんでさァ」


声に出して言ってみたけど、何も変わらない。そんなことわかっていたが、それでもがっかりした。人生なんて所詮そんなものなんだろ?言われるまでもなく、心得てますぜィ。


「沖田、そんな授業めんどくさいの?」


苛々と奥歯を噛み締めていたら前の席から声がして、顔を上げると見知った女子の顔があった。俺のさっきの独り言に、律儀に反応したのだ。顔をしかめたままだった俺を、そいつは不思議な顔で眺めていた。


「機嫌悪いね。今朝はいつも通りだったのに」

「知ったような口きいてんじゃねーよ、尻軽女」

「尻軽女!?な、ちょ、それ私のこと!?」


ふざけんな沖田、授業終わったらただじゃおかないからね。女はそう言って、また前を向く。
ただじゃおかないっていっても、やつのレベルはたかが知れている。女、苗字名前は授業もさぼれないような小心者だ。さっきだって、結局始終小声だった。
国語なんかこの先生きていく上で大して必要でもねーし、銀八だって大した教師じゃねーし、そんなに真面目に授業受ける理由がわらない。名前はそんなに国語好きだったか、いや銀八が好きだったりして。自分で考えて、さらに胸のなかが何かドロドロしたもんで満たされてくのがわかる。あーいやだ、むかつく。
原因不明のこのドロドロは、八割方名前のせいだと思う。何故って、あいつの行動がいちいち俺の癇に触り、その度ドロドロが増していくのだから。正直迷惑だ。どうにかしてくれ、と思う。このままでは胸が詰まってしまいそうだった。


「ちょっと沖田、歯軋り煩い」

「苗字こそ醜い生足晒すのやめてくれィ、目にはいると不快になる」

「は?え、なに、なんであんたそんなに怒ってるの」

「苗字のせいでさァ」


少し顔をしかめて振り向いた名前に、また憎まれ口をたたく。そのまま言い争いが勃発しそうになったその時名前の肩を叩いたやつがいた。


「おい、ページ捲るぞ」

「あーありがとう!」

「いや、俺が教科書忘れたのがいけねーんだ」

「気にしないでいいって」


目つきの悪い三白眼、風紀委員会の肩書きを背負った土方だ。そう、土方は今日教科書を忘れた。で、隣の席の名前に教科書を見せてもらっているという状況だった。
律儀に机までくっつけやがって、心なしか、いつもより親しげに見える。というか、距離近かすぎだ、ふざけんな土方死ね。

俺の胸のドロドロが、逆流して口から出そうだ。そのくらい不快だ。名前がどうとかそういうのではないが、二人を見てると無性にいらついた。


「苗字」


俺が声をかけると名前は振り向く。土方は、ちょっと眉を寄せた。授業中に喋るなといいたいのだろう。


「さっきから土方とコソコソ煩いですぜィ」

「沖田こそさっきから苛々して、迷惑なんですけど」

「黙れこのアマ。土方なんかと一緒にいると腐るぜィ、土方がさっきからお前をやらしい目で見てんの気付いてねーのかよ」


さっきまでは俺の暴言も軽く流していた名前だが、流石にかちんときたのか目を剥いて言い返してきた。


「土方くんを悪くいうのやめれば?苛々してる沖田に比べて、土方くんは優しいし頭いいし、全然一緒にいて落ち着くもん」


その言葉に、俺もなにかがぶちりと切れた。切れた途端に我慢できなくなって立ち上がった。
しかしここは教室で、今は授業中。立ち上がった俺に、騒がしかった教室も静まり返って教壇の銀八も手を止めた。俺はそんな事まで気が回らなくて、いやそれよりも斜め前の土方をぶちのめしてやりたくて、思うままに声を張り上げた。


「教科書忘れただかなんだか知らねーけど、土方といちゃついてんじゃねえよ!あんたは俺だけみてりゃいいんでさァ!!」


3zの生徒たち、銀八はぽかんとした顔で沈黙。土方も唖然と俺を凝視している。ただひとり、俺をまっすぐ見つめていた名前だけがすぐに顔を真っ赤に染めていた。


「ばか、私は最初からあんたしか見てないよ」


小さく呟いた名前の言葉でようやく今が授業中だということ、そして自分のしでかしたことを理解して、急に恥ずかしくなった。
きっと、俺の顔も真っ赤である。




心、制御不能。




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宝城苺さんに捧げます。


090301



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