幸せな話


「正ちゃん、どうしよう」


泣きそうな瞳が、僕を見つめた。
白い制服を纏った彼女は僕の部下である。いつもは呆れるくらいに明るくて元気な彼女だが、今日は目に見えて落ち込んでいた。


「…一体どうしたの」


仕方なく仕事を中断して答えたら、名前は顔を歪めて僕の隊服の裾を掴む。そして凄い剣幕で僕を揺すった。


「どうしよう、スパナに嫌われちゃったかもしれない!」

「まさか」

「でも、邪魔だっていわれた!」


名前は少し前からブラックスペルの技術者と、いわゆる恋人同士であった。スパナと付き合いだしたと聞いたときに「あのスパナが」と目を見張った覚えがある。スパナは自分が興味あること以外には、無頓着なイメージだったからだ。


「何かしたんじゃないの?」

「ううん…いつもみたいに静かに座ってたよ。でもいきなり、あんたが居ると仕事にならない、って…」

かすれた声で言って、俯く彼女。僕にどうしろというのだろう。スパナが本気で彼女を振る気ならば、僕も頑張って慰めぐらいはする。でもそれは有り得ない。
二人が恋人だと聞いて、最初は違和感があった。でもその後スパナと会って、違和感なんてものは吹き飛んだ。なぜなら、スパナは


「どうしよう…私、」


――名前にベタ惚れだった。

だから彼から振るなんていうことは考えられないが、名前はよほど邪険にされたのがショックだったのか、真っ青である。
どうやら本気で泣くつもりらしい。顔を覆ってうずくまった。流石の僕も少し慌てた。どんな理由であれ、目の前で女の子に泣かれるのは困る。


「ちょと名前」

「正ちゃん、私、もうだめ…」

「落ち着いて! あぁもうスパナは何して」


何してるんだ、と続けながら僕は名前に手を伸ばした。彼女に対しての下心は無いが大切な部下である。
しかし、その手は途中で遮られた。


「あ、」

「…名前に、触るな」


僕の腕を冷静に叩き落としたのはスパナだった。


「ス…パナ?」

「何で正一のところにいるの。正一も、仕事中だろ」

「だってスパナは邪魔…って…」


スパナは目を潤ませる名前を黙って見下ろした。
…これを修羅場というのだろうか。男女の関係に口を挟むのはどうかと思うが、こんなところで喧嘩はよくない。止めるべきだろう。


「スパナ、名前は君に嫌われたかと思って悩んで此処に」

「ウチは嫌いだなんて言ってない」

「邪魔だっていったんだろ?」

「そういう意味じゃない。名前がいると、気になって仕事にならないってだけだ」


え、と僕が問い返すより先に、スパナの腕が彼女の体を包んだ。あやすように抱きしめられて、名前も戸惑いながらスパナの体に手を回す。


「…私の事、嫌いじゃないの…?」

「うん」

「気になるって、」


小首を傾げた名前から目をそらして答えたスパナの顔は赤く染まっていた。


「あんたが、好きだから。気になって集中できなかった。でも…居ない方が落ち着かない。正一なんかよりもウチのそばにいてよ」


その言葉に名前の頬も赤く染まった。照れながらも笑みを浮かべる。さっきの涙は一体どこにいったのだろうか、というような満面の笑みである。


「私もスパナが大好きだよ!」

「…わかってる」

「じゃあ、ずっと側にいていい…?」

「勿論」



「あのさ、僕の研究室でいちゃつかないでくれる?」



そのまま自分たちの世界に入ってしまいそうな二人に、僕は我にかえって声をかけた。二人はきょとんとして顔を見合わせる。
スパナが、ちょっと警戒したように答えた。



「…正一、怒っても名前は譲らないよ」



好き過ぎて困るというのも幸せな話



(煩い二人を追い出したのに、なんかちょっとさみしく思ってる僕はなんなんだろう)(そういえば、あの二人仕事は?)




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相互記念で華月さまに捧げます!
これからもよろしくお願いします^^


090116



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