夕焼け 今朝になって「この書類、今日までだから」と大量の束を寄越されても当然こなせる筈もなく、私は今、生徒会のパシリのようなこの仕事を引き受けたことを酷く後悔している。 動機は至って明確、かつ不純。 生徒会長の跡部に近付く理由ができるから。でもその仕事に就いて以来、跡部の横暴さには腹が立つばかり、理想と現実という壁にぶち当たって私の恋は粉砕したんだけどね(あぁ、今では恋してた自分を蹴り飛ばしたいくらい)。 兎も角そのような理由で私は居残ることになり、そして何故か生徒会長直々に私を監視しているという現状に至る。 「おい、溜め息を吐いてないでさっさと終わらせろ」 ちょっとばかし思考が窓の外へ飛んでいたのはばれていたようだ。 だってこの見事な夕陽!なんでこんな日に限って居残りをしなくてはならないのか甚だ疑問だ。こんな日は駅前のカフェにでも出掛るに限るのに。 「こんなに沢山、今日までとか無理だよ」 「しょうがねぇだろ。上で詰まってたんだから、やるしかねーよ」 しかしその言葉とは裏腹に、跡部には手伝う気がないらしい。あたしの前の席の椅子に座り、じっと見張りながら、手にはちゃっかり文庫本なんか持ってる(内容がドイツ語だかフランス語だかで書かれてる所がまた憎い)。 手伝いもしないで、跡部がここにいる必要があるのだろうか。…そりゃあまぁ、あたしがサボらないようにだろうけど、そこまで気にかけてもらう必要はない。 「跡部、部活いけば?どうせ手伝わないんでしょ」 「今日は部活は休みだ」 「…大体、跡部とふたりなんてファンの人に見られたらリンチ決定じゃん、あたし」 「安心しろ。今、校内に残ってるのは俺と苗字くらいだからな」 …そりゃあそうでしょうよ。いくら夏が近づいて明るくなったとはいえ、もう完全下校時刻間近だ。いつも遠くから聞こえる、運動部の掛け声や吹奏楽部のロングトーンはいつの間にか聞こえなくなっていた。 あまりの気まずさに声をかけた筈なのに、余計に気まずくなった。 跡部と放課後にふたり、 ただの居残りと見張りで甘い状況でもなんでもないのに、一度意識してしまうと何故だか鼓動が早くなる。とっくになくなったと思っていた恋は、もしかしてまだ消えてはいないのだろうか。 「苗字、そこ間違ってる」 不意に跡部が書いたばかりの文字を指差した。少し屈んで示したせいで、ちょっとだけ、距離が近くなる。ふんわりと香水が漂った。 不純な想いを起こしてしまいそうになる思考を追い出すように修正器に手をのばした。 「わ」 …あろうことか、跡部も修正器を取ろうとしたのか手がぶつかってしまった。とっさに手を引こうとしたら、修正器ごと、手を掴まれ、心臓が飛び跳ねる。 「…名前、」 「ちょっと、え、何」 突然のことに驚きを隠せないまま言うと、跡部は少し決まりの悪そうな顔で舌打ちして、すぐに手は解放された。 「…なんでもねぇ」 あたし、なんか悪いことしたかなぁ。 そう思いながらも跡部に掴まれたあたりが熱く、熱をもった。流し目でちらり、とこちらをみた跡部と目があい、慌てて目をそらした。 跡部はとてつもなく横暴で、俺様で、いやなやつなのに。もう好きなんかじゃないのに。…それでもあたしはやっぱり跡部に惹かれているのかしら。 「跡部、あたし帰る」 突然立ち上がったあたしにびっくりしたような顔の彼。でも、これ以上ここにいたら、おかしな気になってしまいそうだった。 「…帰るから」 「この仕事、放りなげるのか?」 「だって、駅前のカフェ、もう閉まるから」 「なに、泣きそうな顔してんだよ」 跡部は呆れたように、あたしの顔を覗きこんだ。 カフェごときで(本当は跡部から逃げる為だけれど)仕事を放りなげて帰るなんて、怒られるに決まっている。だけど、以外にも跡部は溜め息をついて言った。 「…今日はこの辺にするか」 その言葉に一番驚いたのはあたしだった。 「え?でも、」 「駅前のカフェ行くんだろ。締め切りは、俺がどうにかする」 跡部はさっさと書類を片付けてしまうと、あたしの鞄を持って、立ち上がった。 「あ、跡部?」 「早くしないと閉まるぜ」 「何で?」 「…今日頑張ったご褒美だ」 そのまま手を掴まれて、あたしは引っ張られるようにして歩きだした。 繋がれた手、これじゃあ帰る意味がないじゃないか。 あたしの気持ちなんかお構いなしに、あかい夕陽のなか、あたしと跡部の影が並んで歩く。 あたしは、どうしようもなく跡部が好きだと自覚してしまって、切ないほどだったから、悪いけど跡部が何を考えているのかなんて、思いもしなかった。 あたしの手を掴んだ時に跡部の顔が赤かったことなんて、夕陽のせいでわからなかったんだから。 夕焼けの中でラブロマンスをうたう (名前、俺様が好きでもない女に自分の雑用係させたり、わざわざ様子見てたりすると思うか?) ------- しんあいなる理央ちゃんに二周年おめでとうの気持ちを込めて! 080626 |