――死んじゃだめだよ
俺に、殺されるまで。




あんな大事件が起こったにもかかわらず元老に知られることを避けられたのは、間違いなく阿伏兎の功だろう。夜王鳳仙は査定の結果、害になるものとして神威が殺した、そういうことにされてあたしたちは無事春雨へと戻ってきたのだった。


「で、お嬢さんはなァんでそんなしけた面してんだ?」


我らが救世主、阿伏兎はあたしの顔を見るなりふざけた様子で指摘した。あたしはソファに寝そべりながら、彼の顔をにらみつける。


「別に、なんでもないもん」

「はあ?なんでもないことあるかい。ほっといてもいいんだがな、あんたの場合、後からめんどくさくなるから今のうち対処しとくんだ」

「阿伏兎、名前なら心配要らないよ。へそ曲げてるだけだから」


答えたのはすぐそばの机に行儀悪く腰掛けていた神威だった。いつもと変わらない笑顔を浮かべながら、さも可笑しいといった口調で阿伏兎に話しかける。


「俺がさ、地球で名前を放っておきすぎたせいで拗ねちゃって」

「ば…、馬鹿!違うわよ、勘違いすんな!!」

「ええー違わないじゃない。素直じゃないなぁ」


認めよう、あたしの機嫌が悪いのが神威が原因だってところはね。でも断じて拗ねただとか嫉妬だ、だとかそんな理由ではない。じゃあ何が理由かと言われると言葉に詰まるのが厄介なところ。明確に言えないんだけれど、兎に角、吉原の変を思い返すと同時にこの馬鹿の笑顔がちらついて嫌になるのだった。


「なんかね。神威がいいとこ持っていきすぎな気がして不愉快、みたいな」

「嗚呼、吉原の変か」

「そう!結局あたしは夜王とやり合えなかったわけだし、しかも何あれ、神威が倒したわけでもないのに鳳仙に偉そうなこと言っちゃってさ!極め付けには、あのお侍さん!!」


思い返すのは銀色の髪をした男だった。そう、鳳仙を倒したのは神威じゃなくてこの侍だ。夜兎同士であっても鳳仙を倒せる者なんてそうそういないだろう。その人物を、ただの人間が倒した。
そして需要なのはそこまでの強さを持った人間を、神威が放っておかないだろうということ。思ったとおり、神威はあの人間にご執心なようで、しきりに気にしている様子が伝わってきてうざったい、いやむかつく。


「神威はあたしが守るって神楽に約束したのにさ。そして守るついでにあたしが倒すって決めてるのに。それどころかあたし今回一回も闘ってないよ?なによ、みんなばっか楽しんで」

「やっぱ嫉妬じゃねえかよ」


呆れたように阿伏兎がため息を吐いた。
すると神威が以外だ、とばかりに口を挟んだ。


「なんだ名前、そんなに闘いたかったのか」

「そりゃ、あたしだって夜兎の端くれだもん。最近神威は戦場にも出してくれないし、そろそろやきもきするころなの!」

「んー、じゃあ俺が相手してあげる」

「本当?!」

「ベッドの上でね」


まさか団長自ら相手してくれるなんて、と驚いたのも束の間。その後に続いた言葉に唖然とするより他、無かった。それはどういった意味でしょうかなんて、野暮な事は聞かない。さすがのあたしもその意味くらいは分かる。
しかしそれは冗談にしては少々たちが悪すぎた。


「は?!ちょっと何言ってんの馬鹿!」

「何って、吉原で約束したじゃないか」

「してないよ!」

「だーかーら、日輪とできなかったから名前が相手してくれるって、」

「言ってねェェェ!!!!」


言っているそばから、神威の腕が伸びてきてあたしを捕らえようとする。冗談だ、っていうか冗談だよね?!しばらくあたしは神威の魔の手を防いでいたが、やはりそこは力の差、あと確実な実力の差で掴まってしまった。


「あああ阿伏兎助けてええ!喰われるうううう!!」

「諦めて団長に喰われちまえば?」

「冗談じゃない!そもそもあたしは一体神威の何よ!玩具?道具?部下?幼馴染?!



言ってから後悔した。あたしが神威の何であるか、それはずっと聞きたくて聞けなかったこと。道具、といわれればそれまで。部下、といわれればまだよし。願わくば、幼馴染ならまだいいけれど。
あたしは口をつぐんで、神威の顔を見た。でも表情は変わらない。やがて神威は首をかしげて口を開いた。


「俺はてっきり、名前は俺の未来の嫁だとおもってたんだけどなあ」

「……え」

「うん、そうしよう。名前は俺の許婚」


そんな軽いのりでいいのか。そしてあたしの意思は無いのか。予想外過ぎる展開に頭がついていかない。それは、どういう意味ですか。眺めていた阿伏兎は「めでたいねェ」とニヤリと笑う。いつもなら神威と阿伏兎の両方に、笑顔に鉄拳の一発や二発ぶちこんでやりたいんだけど、実際のところそんな余裕がなかった。
何故って、気を抜くと吉原での神威を思い出してしまうから。あの生き生きとした顔、そして強さ。思い出すたびに鼓動が高鳴る、あたしは結局のところこの男にほれているのである。


「名前とだったら強い子供産まれそうだし」

「それが目的か…!」


珍しくそれほど胡散臭くない笑顔の神威を眺めて、あたしはこっそり胸を撫で下ろした。この春雨第七師団に、いつもの日常が帰ってきたきがしたのだ。




そうして我ら兎は、
夜を蝕すために戦場を目指す。



090131(完)



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