「お、遅かった…!!!」


あたしは今までこれほど自分の方向音痴を恨んだことはありません。
先に行っちゃった阿伏兎追っかけてきたのはいいけれども、姿が見えなくなった阿伏兎を勘だけで探し出すなんて、初めから無理だってわかってた筈だ。それでもなんとなく進んできたあたしは似たような造りのこの街で既に迷子になっていた。これでは神威の元へも帰れないじゃないか。
頭を抱えた矢先だった。一際大きな音がして、建物の一角が崩れ始めていた。


「予想はしてたけどさ、あれ、阿伏兎本気じゃない?」


夜兎の気配を感じてその激戦の渦中へ向かったあたし。そこで目にしたのは完全に押されているあたしの同僚と、理性がぶっとんだあたしの大切な少女。神楽はあんなんだったろうか、神楽は、あんなに神威と似ていただろうかとあたしは目を疑った。最後にあったのはいつ? 神楽のお母さんが亡くなる、少し前のことだ。あたしは、あんな神楽を見たことがない。
それでもあれは神楽。だって強く匂うこの強さ、この血は、確実に夜兎のものだったから。


「でも、あの子は血と闘っている」


神楽は阿伏兎を殺さなかった。一緒にいた黒髪の少年が止めたのだ。いい仲間をもったものだと、あたしは胸をなでおろす。突然彼らの足場が崩れて三人の体は宙に投げ出された。あたしは焦って身を乗り出したが、途中、神楽と少年は阿伏兎に蹴飛ばされて近くの屋根へと飛ばされる。闇へ落ちていったのはあたしの同僚、血を愛でる夜兎だけだった。
その刹那、目が合ったような気がした。あたしをみてニヤリと笑った阿伏兎は全部分かっているんだろう。あたしが何をしたいか。それを許してくれた彼はあとで助け出してやらねばならない。でも後回し。まずは、感動の再会といこうか。




「お二人さん、お疲れ様!いい闘いだったよ」


傷ついて血にまみれた身体を支えあう二人は、あたしの出現に目を丸くした。少年は一瞬ぽかんとしたが、すぐにあたしの肌、服装、傘を目にして警戒を露にした。


「まだ夜兎が…!神楽ちゃん、離れて!!」

「違うネ、新八」


静止したのは神楽。え、と驚いたような顔をする少年の横で、静止した神楽自身信じられないものを見たかのように大きく目を見開いている。
確認するかのようにゆっくりあたしの上から下までを眺めた神楽は、やがて掠れ、少し震えた声で呟いた。


「名前、どうしてここにいるネ」

「どうしてもこうしても、神楽が手紙をくれたんじゃない。海坊主さんから受け取ったよ。近くに来たときは寄れって書いてあったから、来たんだけどな」

「まさか、名前、あいつと一緒にいるアルか…?!」


春雨と行動をともにする兄貴。それと同時にもう一匹の夜兎がいたら誰もがそう思うだろう。実際、それは事実なので否定はしないのだが。でもたまに手紙でやり取りしていたあたしと違って、兄貴である神威とは彼が故郷を出て以来なのではないだろうか。あたしが知っていながら、神威の存在を伝えなかったことに驚いているに違いない。


「あいつと、神威と一緒にいるアルか?!」

「…ずっと言おうか言うまいか、迷ってたんだけどね」

「名前は遠い星で出稼ぎって、」

「春雨で、の間違い。でもあたしは春雨のメンバーの一員っているよりも、あの馬鹿神威の連れって立場なんだけどね」

「すぐ連れてくアル!馬鹿兄貴の下に、私を連れて行くネ!!」


神楽は昔っからお兄ちゃんっ子だったなあ。
あたしは神楽も神威も大好きだから、また三人でいられたら楽しいと思う。でも。


「ごめん、それは出来ない」


神楽が鈍器で殴られたような表情をした。
それでも譲れない、これはあたしの決意だった。


「あたしはね、万が一にも神威と神楽を会わせない為に地球に来たんだ。まさか花街に神楽がいると思わなかったから油断しちゃったけど。今も、阿伏兎との戦闘を起こさないために追っかけてきたんだけどさあ、これまた迷って阻止失敗。ダメだなあ、神楽はこんなに大きくなって素敵な女の子になったって言うのに、あたしは全然成長してない。
だからね、最悪の事態は避けたいの。神楽と、神威の戦闘は起こさせない。第一神楽はそんなボロボロで、あいつには勝てないよ。それにね、あたしはあいつに家族殺しはさせたくないから」

「…既に、家族に手を掛けようとした薄情者アル」

「でもまだ殺していない。あたしは、神楽と交わした約束まだ守ってるから」

「…!」

「神楽、神威はあたしが止める。出来うる限りでね」


神楽を安心させるように、笑みを作った。と、少し離れたところで大きな爆発音が鳴り響いた。


「そう言っている間にも…あっちではドンパチ始めてるみたいね。あっちは、ありゃ、鳳仙の旦那のいる方じゃない。相手がうちの馬鹿団長じゃなけりゃいいんだけどな」

「銀ちゃんアル」

「銀…?ああ、もしかして噂の侍? そっか、神楽の連れも強いんだ」


手紙にも、海坊主さんからも聞いた。とても強い強い侍の下に神楽がいるって。それに――この黒髪の少年だって。地球人はあたしたち夜兎と違って、弱い。すぐに死ぬ。でも、心はあたしたちよりも、もしかしたら強いのかもしれない。
女の子ひとりで出稼ぎなんて心配したけれど、彼らと居ればきっと大丈夫だ。


「君。神楽のこと頼むよ」

「はい!…で、貴女は一体何者なんですか?」


神楽を支えた少年は、少し申し訳なさそうな、不思議な顔で首をかしげた。


「あたし?あたしはね」


そういえば、まだ名乗っていなかった。
二人に背を向けながら、あたしは自分の肩書きを並べる。


「名前。春雨第七師団団長側近にして、夜兎族の一員。神楽と兄神威のただの幼馴染みよ」



にこりと笑って彼らに一礼したあたしは、夜明けを迎えようとしている闇の中へ跳んだ。厄介な団長と、死に掛けた同僚を救う為に。


090131



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