3 ――あーまた始まっちゃたよ、団長の悪い癖が。 ああなるともう、誰にも止められねェ 「侵入者?たいした騒ぎだね」 我関せずといった様子で言葉を投げかけた神威を、阿伏兎は呆れたように見返した。自分でくるくると器用に包帯を巻く彼の左腕は、肘から先がない。昨日までは、それどころか一時間前までは確かにあったそれは、今まさに目の前で笑っていらっしゃる我らが団長様によって吹っ飛ばされる羽目になったのである。 「あんたが起こしてくれた騒ぎよりはマシだろう」 「なんだよ、まだ怒ってるの。過ぎたことは忘れないと、長生きできないよ。ね、名前」 「いや、長生きも何も一人殺したじゃん、神威」 神威は相変わらず、楽しそうに笑みを浮かべる。むしろここに来る前より生き生きとしていないか。それも仕方ないのかもしれない。今の笑顔だって、ついさっきのあの表情に比べたら愛想笑いにしか見えないのだ(もっとも、元より彼の笑顔は取ってつけたように嘘くさい)。 「商売なんか興味もねーくせに珍しくついてくるなんていうから、おかしいと思ったんだ。最初から鳳仙とやり合うつもりだったな」 「へへ、バレた?」 「バレたじゃねーよ、すっとこどっこい」 神威と阿伏兎の会話をぼんやりと聞き流しながら、あたしはついさっきのあの戦いを思い返していた。もう一人、一緒に来た云業は阿伏兎の左腕と一緒に犠牲になった。でもあの時も言っていたように、一人と腕一本であの二人の喧嘩が止められればそれは上出来だ。――あの二人とは、勿論神威と鳳仙のことである。 夜王鳳仙。 それがあたしたちが会いにきた、この桃源郷の支配者の名前。そして、その名は同時にあたしたちの所属する春雨第七師団を作り、神威の師も勤め、夜兎の王と呼ばれた偉大な人の名前だった。春雨の幹部を引退してから、鳳仙はずっとこの桃源卿にいた。今回あたしたちがそのジジイに会いに来たのは、阿伏兎の言うところの「ビジネス」である。簡単に言えば、春雨のお偉方の要請で、その鳳仙と話をつけにきたってこと。 最も、うちの団長は戦闘以外にはまるで興味がないので、普段から交渉は専ら阿伏兎や云業の仕事だ。今回もその筈だったのだが。 (団長様が居なければ、交渉はすぐに終わったろうにね。うちの神威は、どうも血の気配に鋭くていけない) そう、鳳仙と会った神威は、上手く爺さんを挑発して喧嘩をおっぱじめたのだ。それは鮮やかな手法で、分かりやすく。うん、だって神威「エロジジイ」とか言ってたし。 「にしてもさ、あたしあんな生き生きとした神威見たのは久しぶりだったな。よっぽど鳳仙の旦那は大物なんだね」 「でも中身があれじゃね。興ざめだよ」 「えー、神威はいいじゃん。あれだけ手を合わせられれば十分だよ。いいなあ、あたしも旦那とやり合いたかったなあ」 「おいおい、あんたら自分たちがどんなに物凄い会話してるか分かってるか?」 あたしと神威の会話に律儀に突っ込む阿伏兎は、「怪物二匹も俺一人で抱えきれねえよ、云業がいればなあ」と恨むような口調でぼやいた。失礼な、神威は兎も角あたしまでも化け物扱いされたくない。 「安心しなよ名前。俺と互角にやりあった時点で、同類だよ」 「うっわ、全然うれしくないわー。つーか、互角にやり合ったって言っても、そのときあんた目隠しして両手塞いでたじゃん。そんなハンデで互角って、あたしもたいしたことないよね」 「団長とやり合おうって思うこと自体…そもそも団長を呼び捨ての時点で俺的に化け物決定だな」 話している間に、身支度を終えたらしい阿伏兎は立ち上がるとすぐに歩き出した。神威は交渉を続ける気を全く持っていないらしく、歩き出した阿伏兎に不満の声を上げる。 「どこいくんだよ阿伏兎。もう帰ろうよ、もうつまんないよこんなトコ」 「…その割には日輪とヤらせろとか言ってたくせに、このムッツリスケベ」 「え、何、名前がヤらせてくれるなら俺はそっちの方が興味あるけど」 「変態馬鹿神威!!ちょ、へんなとこ触るな!」 「あーもう、あんたらは帰れ帰れ。怖いジーさんに殺される前にな」 ちょっとだけ振り向いた阿伏兎はいつになく真面目な目で攻防を続けるあたしと神威を見た。 「このまま鳳仙に貸しつくったまんま帰れねェよ。我々下々の者は団長様の尻拭い、いや…海賊王への道を切り開きにいくととしまさァ」 笑い声を立てて去っていく阿伏兎の姿はなんだかかっこよかった。渋い、なんていうの、働く男みたいな。ま、どちらかといえば、上司に振り回される苦労人の顔だったけれど。 「名前はどうする?俺と一緒にいる?」 不意に神威があたしに問いかけた。どうやら好きなように行動していいらしい。 「んー、いや、一応阿伏兎についてく。なんかいやな予感するんだよね」 「いやな予感?…ああ、あいつがうちの妹ぶっ殺してくれるかもしんないからか」 「そういうこと言わないの!」 「名前も物好きだよね。弱い奴に気になんて掛けずに、俺だけを見てればいいのにサ」 下らないことをぼやく神威に顔を顰めて、あたしは急いで阿伏兎を追いかけた。片腕の彼の後姿は既に遠くへ消えかけている。 「俺よりも弱いんだから死ぬなよー」 「縁起でもないこというな!」 後ろから追いかけてくる気の抜けた神威の声に、あたしは振り向かずに片手を振って、足を速めた。うん、凄いいやな予感がする。そしてあたしのこういう予感、当たるんだ。あたしは一瞬の間に、最悪の状態を幾つか頭の中でリストアップする。でもどう考えてもさ、 ――神楽と阿伏兎って、相性悪そうなんだよなァ。 090130 |