君が泣いている夢をみたから


ふと顔を上げると見慣れた彼女が少し遠くに居て、手が届かない。
それなのに、いつものこちらまで幸せになる笑顔がそこにはなくて、静かに涙をこぼしていた。
今すぐにでも抱きしめて、どうしたのって訳を聞いて、そっと口づけを落としたいのに……動かない、動けない。
そしてぐらりと視界が歪んだかと思うと、目の前が真っ暗になった。







はっと目を覚ますと、そこは見慣れたウチの作業場だった。
どうやら少しばかり、眠ってしまっていたらしい。
暑さも相まって、嫌な汗がじんわりと体ににじんでいる。
知らぬ間に肩にかけられていたタオルケットを手に取ると、助手子のぬくもりを感じたような気がした。

すると、不意につい今しがたに見ていた夢が、鮮明にフラッシュバックした。
彼女が涙を流しているのを目の前で見ているのに、動くことが出来なかった…そんな夢。
夢だと分かっていても、きゅっと胸が締め付けられるその光景は、出来ることなら見たくない。


……普段なら、この作業場に助手子が居ることが分かっているなら、今ウチの居る場所から助手子が見えなくたって気にすることはないのに。
あんな夢を見たからだろうか…居ても立っても居られなくなってしまった。


ふと、助手子へ意識を向けたことで、今までは聞こえていなかった物音が聞こえてきた。ウチが寝ている間にも、作業を続けていてくれたのだろう。
そちらへ少し急いで向かうと、足音に気付いた助手子がウチに振り向く。


「あ、起こしちゃった?
もう少し寝てても大丈夫だよ、私一人でも出来そうだから。」


いつもの、もう幾度となく見たことのある、ウチだけに向けられる屈託のない笑顔。
その表情にひどく安心して、息をついたのもつかの間……夢の残像が、重なる。


「スパナ、どうし……」


何も答えないウチに、助手子が心配そうに問いかけてくれたその言葉が、ウチの腕の中でうずくまった。
驚きから、小さく息を飲んだ音が聞こえたものの、やんわりと…自分よりも大きなウチの体を包み込むように、助手子の手が背中に回る。
ぽんぽんと優しく背中を叩かれ、思わずもう一度ぎゅっと腕に力を入れると、落ち着いた声が響いた。


「夢見が悪かった…?」

「…そう。」

「珍しいね、スパナがこんな風になるの。」


どうして夢を見たと分かったんだろうと、少し不思議に思ったりもしたが、そこはウチにとって重要ではなかった。

大好きで、守りたくて…ずっと側にあってほしい笑顔が、崩れる瞬間を見た。
それがたとえ夢であったとしても、ウチは耐えられない。

助手子がただウチの側にいてくれるだけでは、意味がないから。楽しくて嬉しくて、幸せに満たされて、助手子が助手子の全てを余すことなくさらけ出したまま、ウチと笑っていてくれないとなんの意味もないから。


「助手子が…、泣いてた。」

「夢の中で?」

「そう…」

「大丈夫だよ、それは夢でしょ?」

「でも、」


小さな子供をあやしているようにも聞こえる、優しい思いやりに溢れた声。
無条件にウチを包み込む温かさに、それでもなお拭いきれない夢の残像をよぎらせながら食い下がると、助手子がウチの腕の中からこちらを見上げた。

こぼれる、笑顔。


「私はね、スパナが居るから笑えるし、泣くことも出来るんだよ。
…それに夢の中で泣いてたのも、きっと嬉し泣きだと思うな。」

「嬉し泣き…?」

「うんっ。本人が言うんだから、間違いないでしょ?」


目の前にある笑顔に、さっきの夢の残像を重ねる。
するとモノクロだった景色や彼女の姿が鮮やかに色付いて、あっという間に今目の前にある温かさと全てが相まった。


こんなにも簡単に、ウチの中にあった不安や悲しさを取り除いてしまった助手子の力に、助手子の言葉や気持ちに全てを左右されているウチ自身に、嬉しさだとか幸せだとかを感じて思わず笑みをこぼした。


「…やっと笑ったね。」

「ウチ、そんなに難しい顔してた?」

「そうだよ!眉間に皺よっちゃってたもん、それじゃスパナらしくないよ。」

「うん、ウチもそう思う。」


ついちょっと前までとは違う、いつもの空気といつもの会話に、2人で小さく笑い声を漏らして……どちらともなく顔を寄せて、唇を重ねた。
なんだかあまりにも自然な挨拶のようなキスに、また2人して笑い出すと、体が温かくなっていくのが分かる。


いつだってウチを惑わせて迷わせて、困らせてくれるのは、助手子しか居ない。

それがたまらなく幸せで仕方ないなんて言ったら、いつもみたいに顔を赤くして、ウチにしか見せないとびきりの可愛さをのぞかせてくれるだろうか。





君が泣いている
夢を見たから




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ろみちゃんより、管理人の誕生日祝いにいただきました!
日ごろから当サイトを、特に「世界」を応援してくださっていて嬉しい限りです。更にはこんな素敵な贈り物をしてくださって…!そして私が書くより二人が可愛く見えます、ええ、何倍も可愛いです…!私だけで楽しむのはあまりにもったいないので、掲載許可をいただきました^^
本当にありがとうございました!

110814



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