見下しても彼女は死なない | ナノ


おっさんの言葉を思い出した。お前は凌統たち一族にとっては仇敵という立場なのだから行動や言動には十分注意しろ、と。



「おいおい、落ち着けって」


おっさんが注意していたことはこういうことだろう。刃物を持つ少女の手は震えていた。それが自分に対する憎しみからか、恐さからか、俺にはわからなかった。少女は涙を浮かべてこっちを睨んでいた。本気で俺を殺そうとする目。俺はこの目をかつて見たことがある。


「かえしてください。父を、かえして」


ああ、やはりそうだ。俺が夏口で見たあの目と同じだ。
両手で一生懸命刃物を握りしめている様からして、戦場を少しも知らないのだろうと思った。それほど無垢な存在に見えた。


「俺はお前の父さんを殺したことを後悔しちゃいねえ。敵は斬る、味方は守る、って決めてるからな」

「そんなの、あなたの利己主義じゃないですか。……どうして、どうして、味方になってしまったの。殺すことはおろか、恨むことすらも、ゆるされないなんて」


どうしたらいいんですか、と少女は崩れ去った。刃物が音を立てて落ちた。おい大丈夫か、と少女の肩に触れようとしたが、その手を引いた。今この手で少女に触れることは殺すことより残酷なことなのではないかと思った。


「こんな苦しい思いをするくらいなら、死にたかった」


少女は自分の手首を握りしめた。か細い指と指の間から見えたのは無数の傷痕だった。その日、初めて自分は間違っているのかと思った。


見下しても彼女は死なない
111231 にこ
企画「終焉」に提出