「昨日はありがとう」


 一体なんのことだろう。わたしの席の前に立つ豪炎寺を見上げ、首を傾げた。


「……桐生のこと」


 桐生、……ああ、そういえば、昨日の放課後、たしか成り行きで豪炎寺を助けたかたちになったんだったか。わたしとしては桐生の暴走を止めたかったわけで、つまり本当に助けたかったのは桐生だったけれど、わたしの行動が彼の助けになったのなら、それは悪いことではないだろう。甘んじて感謝を受け取ることにした。


「いえいえ。どういたしまして」


 営業スマイルを浮かべて豪炎寺を見た。やっぱりイケメンである。豪炎寺は何か言いたそうにしている。台詞を促すように、首を傾げてみた。なんだか猫や犬の類とスキンシップしてる気分である。


「本当は物で済ませるなんてしたくないが、これ」


 差し出されたのは、一口サイズのチョコレート。家にあったお菓子を持ってきたとか、そういう感じだろう。わざわざこんなことのためにお金を出したりされなくてよかった。


「わざわざありがとうございます、わたし甘いもの好きなんです」
「喜んでもらえて、よかった。お礼といっても何を渡していいのかわからなくて、結局こんなものになってしまって」


 すまない、だなんて、いやいやそんな。礼儀正しいなこいつ。甘いものが好きだというのは事実なので、今浮かべている笑顔は本物だ。やったねこれお昼に食べちゃおう。木野さんにもひとつ分けよう。豪炎寺の後姿を見ながらうきうきしつつ、教室の後ろのロッカーにしまってある教科書類を取ってこようと席を立った。


「は、廃部ゥ!?」


 おおっとこれはこれは。大声に驚いて振り返ると、半田と円堂と木野さんが騒いでいた。大声の犯人は円堂である。とすると、例の展開か。元気付けたくて励ましてあげたくて気持ちがざわめいたが、しかしどこまで干渉していいものかわからない。心苦しいけれど、でも、わたしに出来ることなんてないのだ。







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