人の面倒を見るのは面倒なことだと、自分には向かないと思っていたが、存外そうでもないらしい。サポートする側というのもなかなかいいもので、わたしたちマネージャーが声援を送ると、部員がちょっとだけ嬉しそうにするのだ。わたしがしていることが、確かに彼らの助けになっている。それを実感するたび、大げさかもしれないが、生きていてよかったと思えるのだ。
 しかしながら、彼女を一体どうしたものか。教室に忘れ物を取りに来てそう思った。


「ねえお願いっ、入部してよぉ」
「断る、と何度言えばわかる。円堂にももう言ってあるはずだ」
「そんなつれないこと言わないでさぁ、サッカー好きなんでしょ?妹さんだって、豪炎寺くんがサッカーやめたって知ったら、悲しむと思うなあ」


 あっまたこいつやらかして……!同じ部のマネージャーとしてはらはらしながら一部始終を隠れて見ていたわけだが、どうにもこの桐生ひなたという娘、あと一歩というところで考えが及ばないらしい、もしかしてわたしより年下……というか中学生のままこちらへやってきたとか、そういうことだろうか。


「……なぜ知っている」


 そらそうだ、豪炎寺が警戒心をあらわにして桐生を睨む。桐生はあわてもしない。なぜああも肝が据わっているのか、見ているわたしの心臓がばっくんばっくんうるさいのに、ああ幼いっておそろしい。


「だってあたし見てたもん」


 おいその言い方まずいだろ……!あからさまにストーカー発言じゃないか!もうそわそわして見ていられない、しかしここで去ってしまっても後が気になる、一体わたしどうしたらいいん、助けて神様!しかし神様というとあのだるそうな男がそうである、思い出した途端、ええいもう自分でなんとかしたるわ、と半ばやけになって教室に入った。


「あっごめんなさいお取り込み中でしたか?すみませんすぐに済みますので、はい、すみません」


 わざと大声で空気の読めない奴を装って、自分の席まで早足で歩く。最短距離ではなく、あえて豪炎寺と桐生の間を通って。桐生は微動だにしなかったが豪炎寺は一歩下がった。そしてそのまま教室を出ようとする。


「あ、もう、待ってよ!」


 呼び止める桐生の声から逃れるようにして、豪炎寺は走って行った。よほどいやだったのだろう。わたしはというと、本来の目的であった英語のノートを手に、桐生に睨まれていた。


「余計なことしないで!」
「何のことでしょう」


 しらばっくれてみたが、通用しなかった。もともとくりっとしてかわいいはずの瞳にはむき出しの敵意が込められていて、戦慄する。


「あんたがおしゃべりの邪魔したんでしょっ、もう、最悪!」


 罵詈雑言あびせられながら、冷静になれ冷静になれと自分に言い聞かせる。この子はきっとわたしより年下なのだと思うと、わたしの言うべきことが見つかった気がした。


「一度、しゃべる前に、言葉を飲み込んではどうでしょう。自分の言葉が相手にどう受け取られるのか、客観的に、考えてみてください。それがきっと、自分のためになります」
「・・・何教師みたいなこと言ってんのよ、うざい」


 まあ、年頃の女の子に説教なんて垂れたところで聞く耳を持たないであろうことは予想していたけど。わたしにもこんな時期があったのかと思うと恥ずかしくて爆発しそうである。つんつんして、周りのことが見えなくなって、でもその真実は、自分でいっぱいいっぱいになっているというだけ。まだ幼いのなら仕方ない。同じようにこちらではあの子も孤独なのだと思ったら、なぜだか、わたしが守ってあげなくては、なんて馬鹿馬鹿しい思いにとらわれてしまった。


「別に、わたしの言うことをどう受け取るかはあなた次第ですから。いい加減に部活に行かないと、もう木野さんたちが準備を始めているかもしれません」


 そう言うと、桐生ははっとしたようにわたしを押しのけて教室を出て行った。とりあえずマネージャー業をしたい、という気持ちはあるらしい。その気持ちの根源がいかに不純であろうと(たとえば彼らにもてはやされたい、とか)、原因の向かう先の行動はいいことなんだから、咎めるべきではないだろうと思い、わたしも部室へ急いだ。もちろん教室の戸締りもきちんとして。





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