「なあ綿貫、どうしたら豪炎寺はほんとのこと話してくれると思う?」


 円堂も円堂なりにちゃんと考えてるんだな、とちょっとばかり失礼なことを考えてしまったがしかし。
 わたしがこちらに来たタイミングというのが、どうやら豪炎寺が転入してきた後、帝国戦の前、らしい。転入ってたて続けて大丈夫なのかい神様。そう心中で問いかけるも、へらへらと笑う彼の姿が頭に浮かんだのでなんだかむかついて考えるのをやめた。
 さて円堂の相談だが、それはわたしにはどうすることもできない事柄である。いわゆるトリップという超次元な理由でこちらにいるわたしだから、豪炎寺がなぜサッカーと関わろうとしないのか、とか、これからサッカー部に起こるであろう色々な事件や災難を知っている。しかしそれに、干渉してはいけない気がする。わたしが居ること自体がこの世界では異常なのだ。関わってしまえば、わたしは緻密に構成された世界を壊してしまうのではないか。それがひどく恐ろしい。つまるところわたしはこれから、彼らが困っているのを、助けを求めるのを、見捨てて知らぬふりをしなければならないのだ。わたしはとんでもなく面倒で恐ろしい選択をしてしまったのかもしれない。しかしそれほどの障害があっても、わたしが今こうして生きていることに変わりは無いのだ。奇跡のなかの奇跡のような彼に偶然引き上げられて違う世界に飛ばしてもらって生きているのだ、これぐらいの面倒は、我慢しなくては。


「どうだろう。でもきっと豪炎寺くんにも色々あるんでしょう、仕方が無い気もしますが」


 あえて突き放すようなことを言ったのは、円堂がこんなことで諦める奴ではないと知っているから。サッカー部を守りたい、豪炎寺とサッカーをしたい円堂の気持ちもわかるし、妹のことで自責の念に駆られる豪炎寺の気持ちもわかる。それはわたしが、視聴者として向こうで一度見てきたことだから。


「そうかなあ。そうなのかなー。でも好きなことに嘘はついちゃいけないと思うんだ、俺」


 なぜか自分が諭されているような気がして、目を伏せた。鉄塔広場の砂埃が髪にからむ。リフティングしながらぽつぽつ語る円堂は、向こうでは感じられなかった、「人間らしさ」をもっていた。


「俺はサッカーに嘘をつかない。っていうか、きっと、つけない。豪炎寺だってきっとサッカーが好きだから、っうわっと」


 ぽん、と、目測を誤ったのか、彼が蹴りすぎたボールがわたしの足元まで転がってきた。拾い上げて返そうとすると、


「あーっ、やっぱり円堂くんここにいたー!」


 黄色い声がした。誰だろう、木野さんの声ではないし、音無春奈の声でもなければ雷門夏未の声でもない。円堂があからさまに、げ、という顔をした。まさか、と思った。


「き、桐生、か」


 桐生?公式にそんな子はいただろうか。そう考えて思い出した。「もう一人そっちに行っているはずだから、仲良くやれよ」って、そういうことか。


「どうしてここだってわかったんだ?」
「だってあたし知ってるもん、円堂くんたちのこと、たくさん!」


 円堂が恐怖をすこしばかりにじませた顔をする。なるほどこれは確かにぞっとしないな。思わず苦笑。


「ねえその人誰ぇ?」
「ああ、こいつは転入生の……」
「はじめまして、綿貫青子です。ええと、桐生さん、でしたっけ」

 言うと、ふいと顔を背けられた。これは地味に傷つく。なるほどこれが向こうで(ネットで)噂の、天女、という奴か。あの神様に与えられた容姿なのか、なるほど美しい。中学生らしい幼さは残したままの体格だがモデルさんのようだったし、整った顔立ちに加えてさらさらの髪。寧ろこれで性格がよかったら違和感があるだろう。


「あんたなんかに興味ないし」


 がんっ。やっぱりショック。気持ちはわからんでもないが。わたしも確かにとある少年を目の前に出されれば我を失って飛び付くだろうし。


「おい桐生、ちょっと失礼じゃないか?」


 円堂がたしなめる。すると不本意そうにではあるが、案外素直に名乗った。


「……桐生ひなた」


 なんだ、思ったほど馬鹿というわけでも悪い奴というわけでもなさそうだ。少し安心して、「よろしくお願いします」と言ってみた。案の定無視された。



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