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朝起きたら迷子でした。
おいしょっぱなからドジッ子すぎんだろ神様よお。
いきなりお口が悪くて申し訳ない、しかしこれは怒っても許されるのではなかろうか、いや昨日のうちで気付かなかったわたしもわたしだが、雷門中までの地図も何も用意されてないってどういうことなの……どうしろってんだと叫びだしたい気持ちを抑えてしかしどうすることもできずに近所を歩き回る。制服まで準備してくれてたのに、冷蔵庫の中身まで完璧だったのに、調味料とか明らかに普段の食事で使わんだろどこのレストランだよレベルのものまで置かれていたというのに、なぜ地図渡さんかったし神様!不安と怒りをないまぜにしたまま練り歩く。誰か生徒に、雷門の生徒に出会えないだろうか。そう強く念じながら。いいかげん遅刻になってしまう。
「うおっ」
「うわあ」
道角を曲がったら誰か、少年と衝突してしまった。いやなことを思い出して身震いしたが、しかし申し訳ないせっかくの転入生なのになんで食パン咥えて走らなかったんだろうとわけのわからない後悔をしているわたしを客観的に見たところどうやらかなり動転しているらしい。まあ昨日の今日だし仕方あるまい。なんて考えていたら手を差し出された。あらやだわたしったら尻餅ついたまま考え事だなんてはしたない通り越して情けない。
「大丈夫か?すまないな、ちゃんと前を見てなかった」
「わたしこそすみません、……あ」
差し出された手につかまって起き上がる。そうして少年を見上げて驚いた、水色の長髪にポニーテールって、あの子じゃないか。
「ん、お前、雷門中か?」
「……そうそう、そうなんです、今日から転入することになってるんですけど道に迷っちゃって」
「そっか。俺、風丸一郎太っていうんだ、雷門中の二年。俺でよかったら連れてってやるよ」
「あ、ありがとう、助かります!あの、綿貫青子と言います、どうぞよろしく」
堅苦しいなあなんて笑われながら、学校までの道のりを急ぐ。いい加減遅刻してしまう。過ぎ去ってゆく景色を頭に叩き込みながら、揺れるポニーテールを追った。
*
「はじめまして、綿貫青子といいます、稲妻町の前に東京に慣れていない田舎者なので、色々教えてください、よろしくお願いします」
田舎者、というフレーズに、何人か笑ってくれてよかった、というかその前に、なぜわたしが転入するクラスが円堂くんたちの居るクラスなのだろうと驚くばかりである。偶然なのだろうか、それとももしかしてこれも神様の仕業なのだろうか、いやありがたいっちゃあありがたいのだけれども。
「じゃあ、綿貫さんの席は、ええと……円堂くんの隣です」
えっまじで。驚きはしたがしかしこちらに来てからわたしが信条としている「常にポーカーフェイス」を破ることなく円堂の顔を見る。彼はにこっと笑ってみせた。どうしようもなく癒された。
*
「なあ綿貫、サッカー部に入らないか!?」
わお、と声に出しそうになった。しかし堪える。えらいわたし。身を乗り出して熱い勧誘をする円堂から半身引きながら、正直に答えた。
「わたし運動苦手なんです」
「いいじゃないか、苦手だってなんだって挑戦することに意味があるんだ!初心者でも構わないさ、俺がちゃんと教えるから!」
なるほど熱すぎる気がしないでもないが、確かにこうも男前というかまっすぐだというか、こういう人だから自然と周りを惹きつけるのかもしれない。しかしサッカー部に入ったところで向こうでのわたしはモロ文化部だったし何もできないだろう、そして運動は見こそすれども自分がするのは本当に苦手だったから、楽しそうだとは思ったけれども首を横に振った。
「じゃあさ、マネージャーは?」
「えっ」
「ほら、ドリンク準備するーとか、そういう感じの仕事。運動関係ないし、木野もいるし、な、入らないか?」
ふと隣を見れば、なるほど木野さんもこの勧誘に肯定的らしい、首を縦に何度も振っていた。えー、木野さんも居るのかー、ちょっと迷うなあ、やってみようかなあ、なんて。
「……わたし、不器用だし、迷惑かけるかもしれないけど、それでもいいなら」
時間差で、円堂と木野さんが顔を見合わせて、手を取り合って喜んだ。そこまで嬉しいのだろうか、そうされてしまうと、くすぐったいような、でもわたしなんぞが入っただけで喜んでもらえるのなら、それもまたいいかもしれない。