わたしは事故に遭った。
 おおきなトラックがわたしにぶつかったのである。
 あ、これぶつかる、わたし死んじゃう、と思ったときにはもう脚がすくんで動かなかった。昔から反射というか反応というか、わたしはすべてにおいて鈍かったのである。



 
 どこだここ。
 見渡す限り真っ白な空間で、いやでも駅のホームのようであったから、空間と言うとちがうかもしれない。白い駅。下がっている表示には、「   駅」と記されており、表示として機能してないやん、と思わず心中でなぜか関西弁で突っ込んでしまった。


「もし、もし、お嬢さん、迷子かい」


 くるくるあたりを見回していたら、背後から声がした。振り返ると男の人がいた。さっきまで誰も居なかったのに。


「さあ、でもきっとわたしは黄泉の国とか天国とか地獄とか、そういう感じの、死者が行くべき世界に行かなきゃいけないのですけれど」


 どうにも道がわからなくて。
 きっとわたしの言葉は間違っていないはずだ、あんなおおきなトラックとバチコーンしたのだ、生きているわけがない。さっさと収まるべき場所に、わたしの身(というか魂というか)は収まっていなければならないのだ。昔から諦めだけはよかった。


「そう。なら異世界へは行ってみたくないかい?」


 ようわからん。天国とか地獄とか、極楽浄土とか黄泉の国とかって異世界ではないのか。そのへん知識不足で、よくわからないけれど。


「それって任意なんでしょうか」
「さあどうだろう。本当なら俺が然るべき場所へ連れて行ってやらねばならんのだが、ちょっとお嬢さん聞いておくれ、俺こないだ昇進したんだ」


 きっとこの人って神様のような、そんな存在なのだろう。神様にも昇進とか降格とかあるんだろうか。不思議である。


「だからちょっと、力を試してみたいというか、ね?そこんとこわかるだろう?」
「えーそれで降格されたらわたしの所為とか言いませんよね」
「おっ、ちょっとは考えてくれてるみたいだね、異世界へのお引越し。どうだいひとつ、君の好きそうな世界を見つけておいたんだ」


 そう言うと彼はくるりと人差し指で空中にまるを描いた。指先の通ったあとがきらきらと光の粉を散らして輝き、中に何かが映し出される。


 わたし、この世界知ってる。


「ねえこれ、稲妻町ですよね」
「やっぱり知ってた。君、この世界のことは好き?」


 好きか嫌いかで訊かれたら、そりゃあ好きだ。素直にそう答えると、彼は嬉しそうに笑った。


「それはいい。どうせ一度は失った人生だと思って、楽しんでおいでよ。どうだい、気乗りしないかい?」


 失った人生、と言われると途端に胸が苦しくなるのはなぜだろう。うつむくと、新調したばかりの、きれいなローファーが目に入った。そうだ、わたしはまだ若かった。もう一度生きられるというのなら、それが違う世界だとして、どうして迷うことがあろうか。ここでなりふり構わず「生」にすがりついてみるのも、アリではないか。
 無意識に唇をかみ締めていたらしく、ひりひりする。しかし決意は変わらない。


「もう一回、生きる権利を、くれますか」


 彼は、慈愛に満ちた笑みを湛えてうなずいた。それからぴ、と人差し指を立てて語る。


「こうして誰かをお引越しさせるときに、ルールがあるんだ。君には、俺からの贈り物を受け取ってほしい」
「贈り物、ですか」
「そう、贈り物。そうだなあ、例えば、外見も変えられるし、身体能力を上げることもできるし、性別も変えられるし、向こうでの立場も指定できる。どうだろう、君は何が欲しい?」


 黙って彼の言葉を聞いていたが、わたしが望むものは、今挙げられたもののうちにはなかった。欲しいものを、口に出す。


「外見は、今のままで結構です。わたし、母親の生き写しじゃないかって言われるほどに母親そっくりなんです、外見を変えてしまっては、母から生まれたという証拠がなくなってしまうような気がして」


 神様はこくりと頷いた。けだるげな、しかし優しい眼差しで、わたしを見つめる。


「健康が、欲しいです」
「……それはまた。一応理由を訊いておこうか」
「わたしはこれから生きていく世界で身寄りがありません。病んだときにひとりぼっちだなんて、ご免です」


 言葉に不安が滲み出てしまった。神様は笑って、わたしの頭をなでた。


「いいだろう、君に、病気なんて跳ね除けるほどの強い身体を与える。」


 神様はそれから、わたしに色々な説明をしてくれた。いよいよわたしは、違う世界で生きていくのだと、強く感じさせられた。








 
 そして今に至る。
 彼との会話を思い出す。どうやらお金の心配はしなくてもいいようだ、ここに来たわたしはだってまだ中学生で、自活していける年齢ではない。そこんとこは、さすが神様とでも言うべきか。
 別れ際に彼が言っていたことが、そういえばよくわからなかった。「もう一人そっちに行っているはずだから、仲良くやれよ」と。わたしと同じように、彼は、若くして死んだ子供に、もう一度未来を与えたというのだろうか。
 与えられたといえばわたしのこの住まいもそうだ、高くもなければそこまでひどくもないアパートに今わたしは居るわけだが、この部屋は神様が与えてくださった。こう言うとどうも宗教じみて聞こえるが事実なのだから仕方が無い。

 さて、そろそろ寝ようか。いきなりすぎるが明日から学校に行けと、彼から言われている。言わずもがな、雷門中である。






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