見渡す限り白かった。見覚えのある場所、あの駅だった。あのときと違うのは、隣に桐生が居るということだった。


「あいつは?」


 言いながら桐生がきょろきょろしている。すると背後から「やあ」と声が聞こえ、振り返ると彼が居た。


「久しぶり。最近どうだい、元気にしているかね」
「ええまあ、それなりに」
「そこそこかな」


 二人して似たような答えを出したのがおかしかったらしく、彼はくすりと笑った。わたしは取り立てて気にしなかったが、桐生はむすっとしてふくれていた。


「こうしてここに呼び出すって、何か用があるんでしょ。とっとと終わらせなさいよ」


 この高飛車な態度も、なんだか愛しく感じられるのである。やっぱりわたしは甘いのかもしれない。


「随分と察しがいいな。まさにその通り、わりと重要な話なんだ」


 彼はにやりといやな笑みを浮かべ、それから咳払いをして背中のところで手を組んだ。薄い唇の動くのを、わたしたちは息を殺して見つめていた。


「きみたちのうち、ひとりだけ、帰れることになった」


 え。 桐生が呟いた。わたしはぽかんと口を開ける。声すら出せなかった。


「上からのお達しだ。きみたちの身体は今、なんと言うんだったか、そう、たしか、植物状態というやつになっている。そこでどちらかといえば死に近いところを彷徨っているのを俺が引っ張り上げてきたんだ。上がきみたちの魂の視察に来たときに驚いていた、そのあまりの若さに、申し訳ないと、泣きそうな顔をして、無茶をして、ひとつだけ席を空けてくれたんだ」


 桐生のまるっこくて潤んだ瞳がわたしをとらえた。わたしも目をまるめて桐生を見つめた。


「さて、どっちが帰る?こうして席がひとつしかないだなんて、かえって酷かもしれないが、決めておくれ」


 桐生の瞳が揺れる。それだけで、伝わった。わたしはうなずいた。今までこれといって仲良く話したこともなかったけれど、保健室で過ごした一瞬は、今までの桐生との時間の中で一番濃かったようで、アイコンタクトを習得させてくれていた。


「かえりたい」


 鈴のような声が泣きを含んで響いた。彼はわたしをじっと見て、「いいのか?」と訊いた。


「ここで譲らなくて、何がお姉さんですか。知り合いのよしみと年上の余裕を見せ付けてやるんです」


 彼はそうか、と納得し、そうして、目を閉じた。
 轟音、風、電車が訪れる。


 桐生のてのひらには、いつの間にか切符が載せられていた。扉が開く音、警報音、アナウンスのない無人の車両に、桐生は乗り込んだ。その背中はやはり、勇ましかった。


「元気でやってね」
「そっちこそ」


 桐生以外に乗客なんていないのに、扉は律儀にもしばらく開いたままだった。わたしはまるで上京する娘を送り出す田舎者の母親のように、彼女を心配する言葉をかけては、笑われて、うっとうしがられた。
 再び警報音が鳴り、扉が閉まろうとする。甲高い音に隠されて声は聞こえなかったが、桐生の口が動いているのは見えた。 ありがとう。 確かに彼女はそう言った。最後に彼女が浮かべていた表情は、それこそ薔薇も霞むほどの、極上の笑顔だった。









「泣くんじゃないよ」
「泣いてません」
「そんなに寂しいかい」
「泣いてませんってば」
「まるで俺が悪人のようだ。決めたのは上なのに」
「だから、泣いてなんて!」


 電車の去ったホームで、しゃくりあげるわたしを、彼は、どこか寂しげに、寂しがるんじゃないと慰め続けた。



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -