あ、やべ、だなんて、見た目からは想像もできない普通の男の子のような声を上げたのは風丸だった。可愛い顔をしてその行動は割りと荒々しくも雄々しいものだから神様って不思議なことをする。


「どうしました?」
「国語、プリントやってない」


 顔色が青い。提出物をやり忘れたぐらいでそこまで焦るだろうか、やはり彼は真面目くんである。わたしなら気にせず寝る。それを軽く流せないところが彼の彼たる所以というか、そこすらも君の個性だ自重することはないと周囲に言わしめるあたり、彼のカリスマ性とも言える魅力の強さが窺える。隣に居た円堂もあっと声をあげた。豪炎寺は真顔だからきっともう終わらせているのだろう。


「……綿貫見せて!」
「いや円堂さん風丸さんを見習いましょうか。ほら見てくださいあわててやり始めましたよ。自分でやるとかないんですか」
「えーっだって絶対間に合わないじゃんか!」
「そこを頑張るから成長するんでしょうが、っていうか期限見とけば間に合ったでしょうに」


 サッカー部メンバーでわたしたちのクラスに集まってトランプ大会を開催していたのだ。ゲリラ豪雨のような土砂降りの中ではさすがに練習できないということである。こんな機会めったにないだろうに、なぜか桐生は不在だった。


「ストレート」
「うそだろ!何で豪炎寺そんなに強いんだよ!」


 半田が頭を抱えてカードを投げ出した。カス札ばかりである。ポーカーが弱いなんていうのも、彼らしいのでいいと思う。円堂に貸してやろうと思い、鞄からプリントを出しながら呟いた。


「そういう勝負運的なものも、エースたる所以ですかね」
「ほんと、こういうの弱いよね、半田。だから半端なんだよ」


 うるせえな!と叫んで半田が顔を上げる。マックスはニヤニヤして手札を晒した。ロイヤルストレートフラッシュである。勿論ワイルドカード込みの。豪炎寺が目を見開いて驚いていた。半田は奇声を発して机に突っ伏した。これで彼の荷物持ちは確定である。


「あ、桐生さん」


 わたしのぼやきに、みんながドアの方を見た。鞄を手に、わたしを睨みつけている彼女がそこにいた。いくらわたしが嫌いだったって、ここまで攻撃的になって疲れないのだろうか。それから、ついでに言えば、彼女はびしょぬれだった。大方、部室に忘れ物でもして、取ってきた、というところだろうが、それにしたって、なんでまた教室に戻ってきたのか。わたしたちと遊ぶつもりだったのなら、鞄を置いて行ったってよかったはずだ。まあ、そんなところに考えを巡らせたって不毛なのでとりあえず疑問を口にした。


「寒くないですか?タオルありますけど。借ります?」
「……余計なお世話」


 綺麗な顔立ちが勿体無いほどに険しい表情でわたしを睨んでいる。鞄を持つ手が力の入りすぎで震えていた。半田が「お前なあ、そうやって人の親切をぞんざいに扱うから、嫌な奴だって思われるんだぞ」と言った。なんともドストレートである。


「いいですよ別に。桐生さんが平気だと言うなら、それで」


 わたしの言葉を受けて、桐生が唇をかみ締めた。屈辱、だっただろうか。こんな状況で優しくされたって、辱めを受けたようなものだったかもしれない。反省した。


「綿貫がこうして言ってくれてるのに、何だよその態度」


 風丸のセリフが止めとなってしまったらしく、桐生は荒々しく足音を立てて去って行った。空気が重い。豪炎寺のため息で、みんながしゃべり出した。


「綿貫もさあ、もっと怒れよ」
「そうだぞ、いつまでもされるままじゃあ、悔しいだろう」


 みんなが口々にわたしを慰める、あるいは奮い立たせるような言葉をかける。不快だと言えば嘘になる、だって要するに、桐生に仕返しをしろと言っているのだから。しかし、みんなはわたしを思って言ってくれているのだと思うと、やっぱり誰も憎めなくなってしまうのだった。






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