腕時計に目をやる。次の授業開始までは時間があった。今日はお昼を早く食べ終わったので、心にゆとりがある。素晴らしい、あまり毎日せかせかしていては楽しいことや嬉しいことを見逃してしまいがちになってしまうから。次は、確か音楽だったか。ぐうっと背伸びをして、廊下をちんたら歩く。


「青子さあん!」


 誰かがわたしを呼んだ。可愛らしい声である。小林だった。小林だけでなく一年生たちが集団でやってくる。一体何事だと思って、駆けてくる彼らを待った。


「どうしたんです?」
「聞いてくださいよ青子さん桐生さんったら!」


 小さな身体を大げさに動かして気持ちと事実を伝えようとする彼がいとおしくて、我が子にするように話をきいた。しかしその内容が、どうも、笑えないのだ。


「青子さんのことを悪く言うんス」
「わ、わたしを?」


 壁山の言葉に思わず聞き返すと、彼らは強くうなずいた。


「桐生さん、仕事もちゃんとできないのに、青子さんが青子さんがって文句ばっかり言うでヤンス」
「そうなんですよお!青子さんはいつも誰よりも応援してくれるしタオルもドリンクも確実に用意してくれてるし練習にも付き合ってくれるし」
「いや、それがわたしの仕事ですから」
「その仕事をちゃんとしないのが桐生さんなんですよ!」


 宍戸が鋭く言った。鋭く、といったって、年下の子がわがままを言っているように見えてしまうのだけれども。しかし、である。桐生の仕事ぶりはそこまで目に付くほど出来が悪かっただろうか?わたしが見た限りでは、多少手際は悪くとも、彼女なりに懸命にこなしているように思えたけれども。どうなのだろう、そこのところ。


「あの人、だって人の頑張りを笑うんですよ!仮にもマネージャーなのに!」
「そのくせ青子さんのこと、あることないこと言いふらして……あんまりひどいんで、誰も相手にしないんスけど」


 ぷりぷりと怒っている小林が可愛かったので撫でてやった。すると「笑い事じゃないんですよ!」と怒られた。


「青子さん、被害者なんですよ!?」
「いやいやそう言われましてもね?一体何をどういう風に言われているのかもわかりませんし」


 そうこぼしたら、皆が口々に言い始めた。「青子さんが男の人をたぶらかしてるとか」「偉そうだとか」「サッカー部に悪影響だ、とかも言ってました」「なんだっけ、サッカー部を貶めようとしてる、とかも?」「そんなはずないのに!」そこまで言われてしまっているのか。さすがにへこむなあ。しょんぼり肩を落としていたら、彼らがあわててフォローしはじめた。


「俺たちは、青子さんが最高のマネージャーだって知ってますから!」


 宍戸がわたしの両手を掴んで言った。目頭が熱くなるな。栗松も握りこぶしを振りかざして言う。


「青子さんはいい先輩でヤンス!俺たちも青子さんみたいな先輩になりたいでヤンス!」


 なんだこいつらいい子だな。いい後輩に恵まれた、転生したあとでこんな人生とは、あまりに幸せで、いずれ底に堕ちてしまうのではないかと不安になるほどだ。

 そして、彼らの台詞で引っかかったものがひとつ。「サッカー部を貶めようとしている」とは、一体。そのほかの台詞はありがちな「根も葉もない噂」に含められるだろうが、悪影響だとか貶めるだとかは、ある程度の根拠というか理由となる言動がなくては思いつかない悪口ではないだろうか。
 もしかして、と思い当たる事実が脳裏をかすめた。しかし授業開始五分前の予鈴がわたしの思考をかきけした。あわてて教科書とリコーダーを抱きしめて音楽室へと走った。



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