※キャラが出ない




 保健室、である。見に来た先生は何も言わなかったし何も聞かなかった。保健の先生はちょっとびっくりしていたけれど、やはり深くは聞かなかった。先生方はわたしたちを大人扱いしてくれているのだ、要するに、すべきことはわかっているだろう?と、そういう扱い。見る人が見れば職務放棄だとか子供に冷たいとか騒ぐかもしれないが、先生が、桐生に消毒して湿布を貼って、そのまま職員室に行くために出て行ったという状況が、わたしにとって都合のいいことに変わりは無かった。


「意味わかんない」


 あの日と同じ目をして、桐生は呟いた。憎しみとも取れるし、渡された気持ちをもてあまして途方に暮れているようにも見える。


「なにが?」
「あんたがあたしを助けること。マックスも半田もそうだよ、なんであたしを助けるわけ?」


 桐生は涙目だった。その気持ちを完全に知ることはできなくとも、推し量って共感することぐらいはできる。あの時見せた表情に似ていた。わたしのタオルと親切心を跳ね除けたのは、単純な悔しさからではなかっただろう。きっと、本当に、心の底から、分からなかったのだ、わたしの行動が。桐生は確かにわたしを嫌って嫌悪して憎んですらいるのに、なぜ温かい言葉をかけられるのか。それは言ってしまえばわたしの鈍さと年下が相手だからという一種の甘さが根底にあるのだが、そんなこと桐生は知る由もない。優しくした覚えもない相手から無償で与えられる優しさに、戸惑って、それからきっと、罪悪感も感じたであろう。重ねて思う、申し訳ないことをしてしまった、と。


「あたし、……冷たく、したし……ひどくもしたしっ……」


 嗚咽がこぼれる。あーあー泣いちゃったー。年下を構うのは好きだけど、慰めるのは苦手である。とりあえず、ポケットに入っていたハンカチを差し出した。桐生は少し躊躇ってから受け取った。


「今度洗って返してくれればいいから。汚していいよ」


 そう言ったら、堰を切ったように、激しく泣き始めた。どうしたらいいんだろうこういうとき。わからないから背中をさすってみた。泣いてすっきりするなら泣いたらいい。小さな頃に母親にもらった言葉だ。感情に振り回されることって、生きていく上ではきっと必要なことだから。


「こ、怖かったの、あたし、こっちで一人だし、家族もいないし、中学の友達もいないし、怖かった、の……」


 ハンカチをきつく握り締めて、搾り出すように、弱音を漏らした。うんうんと頷きながら目線を逸らした。目を合わせないからこそ感じる安心感というものがある。目を合わせるからこそ感じてしまう恐怖だってあるのだ。


「あんたが優しいのが、わかんないの、どうしていちいち、構うのよ」
「うーん。いちいち怒って反抗してって大変だし、主張するのってなんか体力要るし。桐生ぐらい若いなら、それも簡単かもしれないけど」


 桐生が呆れたように笑った。「年寄りみたい」いや、実質君よりは年上なんだけどね。へらっと笑い返す。


「桐生もひとりではないよ。わたしも一度は死んだ身だし?ほら、なんていうの、同じ穴の狢?」


 なんか違ったか。しかし桐生はうなずいた。


「そう、だね、綿貫もあたしと同じ境遇だもんね」
「頼るんだったら頼ってよ、こんな状況なのわたしたちしか居ないから」


 桐生はそっと、呟いた。言葉を大切に、落とさないように、まるで赤ちゃんを抱くように、優しい口調で。


「あたし、みんなに、謝らなきゃ」


 それはすごい決意だ。それを受け止めてもらえるのかはわからないけど、そうと思えたのなら素晴らしい成長ではないか。


「そうね。まー、誤魔化せるとこは誤魔化して、とにかく思ってることを言ったらいいよ」


 わたしなりのやり方で背中を押すと、桐生は力強く頷いた。この子はなかなかかっこいい子だな、と思った。


――――――


前回のハイライト:半田が目立った



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