脚が痛い。河川敷の橋の下にしゃがみこんで膝に顔をうずめた。荒い息もそのままに、身体を縮こまらせる。しばらくそうしていたら、激しい足音が聞こえてきた。円堂と木野さんだった。


「綿貫!」


 あわてて逃げようと立ち上がったら、やっぱり同年代の男の子に力で敵うはずもなく、腕を掴まれてしまえば立ち止まるほかなかった。


「なんで逃げるんだよ」
「追いかけるからです」


 わたしとそんな押し問答をしたところで無意味だと判断したのか、円堂は眉を顰め、ため息をついた。


「ねえ、わたしたち、青子ちゃんを責めようと思っているわけじゃないのよ」 
「そうだ、わかってくれ。俺たちはお前を守りたくて」


 余計なお世話です、と怒鳴り散らしたくなったがそれはお門違いだと思いとどまった。心配してくれているのだ、そうして無碍には出来ない。しかし困ったものだという表情で顔を見合わせる彼らに、素直に感謝の気持ちを抱けないのは何故だろう。


「桐生はどうしてあんなこと言うんだろう」
「でも、あまり桐生さんを責めては……」
「どうして?綿貫さんがいつも桐生さんにひどくされてるから、みんな怒ってるのよ」


 憤りの理由を木野さんが泣きそうな顔でわたしに説く。わかってるよ、ごめんね木野さん、あなたを悲しませたいんじゃないのに、ごめんね、そんな顔しないで。でもそんな顔、にさせているのは他でもないわたしなのだ。死にたくなった。


「ひどくったって、そこまでのことは」
「シカトされるのに?悪口言われるのに?根も葉もない噂を立てられて、挙句スパイ呼ばわりされて、それでも綿貫さん、桐生さんをかばうの?」


 相手のためを思っての言動の真意が相手に伝わらないことほどもどかしいことはない。でも違うのだ。わたしも桐生も、そもそもの初期設定が違うのだ。ついに涙を流し始めた木野さんを見て激しい自己嫌悪に襲われた。結局わたしは誰かを傷つける。世界がどうのと壮大なスケールを持ち出して、大切なことは何かの分別がつかなくなって、つまりわたしは自分の身が可愛いだけだったのだ。頭も心もキャパシティオーバーで悲鳴を上げている。頭痛がする。泣いている木野さんとそれを慰める円堂を見たくなくて、自分がひどい奴のような気がして、逃げ出した。


「おい、綿貫!」


 わたしを呼ぶ声なんて聞こえない。この世界に近づきすぎた。わたしはやはり異端なのだ。異端がああしてこの世界に慣れ親しんではいけないのだ。どうしてあのとき死ななかったんだろう。神様も意地悪なことをする。鞄を部室に置きっぱなしだとか全然気にせずに家まで走った。肺が痛い。身体が重い。それでもすべての苦痛がわたしの思考を止めてくれるのならと、走り続けた。



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