「ねえ、あたし見ちゃったんだけど」


 部室に着いて荷物を置くやいなや桐生がわたしを見据えて言い放った。見ちゃったってなんだ授業中に寝てたことか。いやでもクラス違うし。それともなんだ、今日廊下でずっこけたことか。それは嫌すぎる、あの雷門さんが噴出すほどのこけっぷりだったんだから頼む言わないでくれよと色々考えまくっていたところに桐生が冷たく言葉を突き刺す。


「あんた、帝国の奴らと一緒に居たでしょ」


 まさか、である。どうせまた桐生の戯言と練習メニューを組んだり次の試合に向けての作戦を立てたりしていた部員たちが一斉にこちらを見た。磨こうとしていたボールから目を離して、桐生に視線を向ける。驚きで見開かれているであろうわたしの目を見て、桐生がほくそえんだ。


「ほうら、やっぱり。こいつスパイなのよ」
「見たって、それ、一体なんで……」


 なんで知ってるの。どうしてそんなこと言うの。スパイだなんてそんなことするはずないでしょ。あなたも物語の展開を知ってるはずでしょ。続けたい言葉が多すぎて口を開いたまま固まってしまった。嫌な予感が的中してしまった。しん、と静まり返った部室に響くのは、みんなの呼吸の音だけである。涼やかな桐生の声が、沈黙を破った。


「雷門を一体どうするつもり?帝国に入れ込んでたのはいつから?なんでスパイなんてするわけ?」


 桐生の笑みを見て、ばちんと頭の中を光が走った。あのとき鬼道が見ていたのは、この子だったのか。
 この子は、わたしを嵌めようとしている。というか事実嵌められた。先日の鬼道たちとの会話を聞いていようといなかろうと、これがカマかけだろうと、わたしがこのような反応を返してしまっては、スパイであると認めているようなものである。頭痛がする。わたしを睨む桐生も、後ろで驚いている部員たちも、グラウンドから聞こえてくる他の部活生たちの声も、目の前で起こっているすべてのことが他人事のように感じられた。


「どうして……」
「最低、みんなを騙してたのね。信じられない。サッカー部を辞めなさいよ」


 頭痛がする。頭痛がする。なにもかも投げ出して帰ってしまいたいのに身体は動かない。わたしの馬鹿、どうして関わりすぎた。世界を壊す云々の前に、わたしと同じくこの世界における不穏分子がごく身近にいることを何故念頭に置かなかった。ボールを持つ手が震える。タオルが床に落ちた。音無さんがわたしを不安げに見つめている。木野さんがわたしの背中を擦る。声が出せなかった。


「本当なのか、綿貫」


 静かな声で我に返った。豪炎寺がわたしをまっすぐに見ていた。ああ、あの時に死んでしまえばよかった。初めてそう思った。












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