迷った。大事なことだからもう一度言う、迷った。
 帝国戦の後だからと、身体を休めるために日曜日がまるまる休みになった。ありがたい。恐らく神様が用意してくれたのであろう服を着て、町に繰り出したはいいが、まあ、迷った。何度でも言おう、わたしは迷った。


「この年で迷子は笑えない……」


 とりあえず目の前の横断歩道をわたって呆然と呟く。すると後ろから声をかけられた。


「おい」
「は、はいい!」


 驚いて声の主を見る。特徴的な髪型にゴーグル、彼はどこからどう見ても、帝国のキャプテン、鬼道有人だった。


「あ、キャプテンさん」
「覚えていたか。お前は、雷門のマネージャー、だったよな」
「はあ、そうです、綿貫です」
「俺は鬼道だ。どうした、迷ったのか?」


 まさかあの呟きを聞かれていたのだろうか。なにそれ恥ずかしい。恥ずか死ぬ。じっと彼を見つめていると、彼は笑って「不自然なほどにきょろきょろと辺りを見回していたからな。そうじゃないかと思った」と。えっ行動に出てましたか。余計恥ずかしいなそれ。


「俺でよければ案内しよう」
「えっいいんですか!」


 よほど嬉しそうな顔になっていたのか、また笑われた。まあいいや気にしないでおこう。あてもなく散歩をしていたのだと伝えると、それならこの辺りを適当に歩くか、と言われた。





「鬼道さんってもっと怖いひとだと思いました」


 某コーヒー屋にて、一緒におしゃべりしながらスイーツを食べる。スイーツと言ってもイタい方のスイーツではない。……なんでもない、今のなし。鬼道はわたしの言葉を受けて、また笑った。


「俺もだ。お前はもっと、つまらない奴だと思っていた」


 なにそれひどい。でもわたしが言った「怖いひと」もなかなかひどい台詞だったな、と思いなおし、コーヒーに口をつけた。いい香りである。


「ベンチで試合を見るお前は、どこか冷めていたからな。そういう奴なのかと勘違いした。お前は面白い」
「それは、どうも」


 素直に喜べないなー。
 それにしても、である。どうやらわたしが小さくなったのではなく、彼らが標準サイズだっただけのようだ。向こうで見ていたときは、絵柄に加えて、「子供である」という先入観から、ちんまいかわいらしいのを思い描いていたが、今こうして目の前にすると、背なんてわたしよりも高いひとばかりだし、ゴーグル越しに見える鬼道の瞳は、大人の余裕のようなものを湛えていた。ほんとに中学生なんだろうか。おかしいなあ。不思議だなあ。
 ふと、その瞳がすうっと細められた。はて、と怪訝に思って、彼の瞳を見つめる。わたしを見ているのではない。わたしからは少し反れた、どこかを見ていた。振り返って確認するも、なんら変わった様子はない。首を傾げて前に向き直ったら、鬼道が「あ」と声を漏らした。また振り返る。すると、


「あっ、鬼道さん!」


 なんということだろう、眼帯をした長い銀髪の少年と、ワイルドとしか表現のしようのない髪形に加えてフェイスペイントを施した少年が、店の入り口から手を振っていた。鬼道が片手をあげると、彼らはこちらへと駆け寄ってくる。鬼道は本当に、彼らに慕われているらしい。


「……お前、雷門のマネージャーだろ」
「はい、綿貫です、どうもこんにちは」


 不信感をあらわにしてわたしに突っかかってくる佐久間。かわいらしい顔立ちである。そんな佐久間を、源田が制した。


「よせ、佐久間、このひとはただ鬼道とおしゃべりしてるだけだろ」
「そんなのわかるもんか!スパイだったらどうするんだ、鬼道!」


 スパイて。中学の部活でスパイて。いやまあしかしこの世界では普通なのだろう。警戒心をどうにかして解きたかったので、落ち着いた風を装って、声をかける。


「お店ですから」


 そう言いながら口許に人差し指をあてる。ちょっとうざかったかな。しかしそんなわたしの心配を余所に、佐久間は「……悪い」と大人しく向かいの席についた。えっここに座るん?思っていたら源田はわたしの隣に座った。えええええ。


「安心しろ。こいつはそんなことをするような奴じゃない」


 そうか、と佐久間が返事をする。鬼道の言葉でわたしへの警戒を解いたようだった。すげえ鶴の一声ってこのことか。ちょっと違うか。でもすげえ。


「疑って悪かった。俺は佐久間次郎っていうんだ、よろしく」
「改めまして、綿貫青子です。こちらこそよろしく」
「俺は源田幸次郎。佐久間が迷惑をかけてすまなかった」


 なんだよ、と拗ねたようにそっぽを向く佐久間のかわいいことといったら。思わず笑ったら睨まれた。しかしそこに含まれていたのは敵意ではなく、ちょっとした羞恥。かわいいなあ。


「ドーナツ、食べます?」


 口をつけていない部分をちぎって差し出した。佐久間は嬉しそうに受け取って、かじった。いとおしい。ふと隣を見ると、源田もわたしと同じことを思ったのか、にこにこと佐久間を見ていた。それに気付いて、照れたように「なんだよ」と佐久間が言う。


「いえ、ただ、愛されてるんだなーと」


 思ったことをそのまま口に出したら佐久間がむせた。隣にいた鬼道が背をさすってやっている。帝国、いいなあ。微笑ましいなあ。



――――――

という帝国を所望します
仲良し帝国だいすきです



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