今日、わたしは夏休みの暇をもてあまして、佳主馬くんのおうちに遊びに来た。彼は中学生でわたしは高校生で、でも彼の方がわたしのひとまわりもふたまわりも、大人びている、気がする。「青子さんがガキっぽいだけでしょ」と鼻で笑われたのは、記憶に新しい。


「佳主馬くーん、イヤホン貸して、携帯に繋げるやつ」


 彼の部屋の床に仰向けになったまま右手を差し出した。彼はパソコンを向いたまま、青いイヤホンをわたしのてのひらに載せた。ハーフパンツのポケットに入れていたピンク色の携帯にそれを差し込む。


「青子さん、風邪引いてもしらないよ」
「馬鹿だから大丈夫」
「夏風邪は馬鹿が引くって言うじゃない」


 こいつ、去年の夏休みに会ったときより成長してやがる、身長ももちろんそうだけど、憎まれ口が主に。言い返すのが面倒になって、イヤホンを耳に突っ込んだ。目を閉じて、大好きな歌手の声とフローリングの冷たさを堪能する。佳主馬くんも、足、寒くないかしら。彼はよく裸足でいるから、人の心配をする前に、絨毯を敷くか、スリッパを履くかすればいい。そうしたら、わたしも多少は素直になれるというものだ。
 音楽にまぎれて、がちゃがちゃとタイピングの音が聞こえる。また、闘ってる、のかな。しばらく聞いていたら、がちゃがちゃは止まった。勝ったんだろう、だって彼は「キングカズマ」の中の人だ。負けるはず、ない。
 蛍光灯の光がわたしの血を透かして、ほんのり赤みがかった闇に占められていたわたしの視界が、ふっと暗くなった。人の気配がする。誰か、なんて、目を開けないでも分かる。携帯を握っていない方の、床に投げ出してあった右手に、指を絡められた。え、え、うそ、と、焦る。だって彼は中学生で、わたしは高校生。いくら彼が大人びていたって、付き合ってもいない年上の女の子に、手を出すなんて、考えられない。ほっぺのところ、それから、顎、と、わたしよりもちょっとだけ堅いてのひらが、なぞった。イヤホンを片方、取られた。思わず、左手の指がびくつく。息を漏らすみたいな笑いに、どきん。それから。


「どうせ彼氏なんていないんだろ」


 変声期真っ只中の、たとえば合唱にはとても使えないであろう少年の声が、わたしの片耳に吹き込まれた。


「いない、けど……」
「僕のこと、普段中学生中学生って馬鹿にするくせに、今突っぱねないなんて、狙ってやってんの?」


 狙ってってお前、そのしゃべり方もお前。いつの間に、習得したの。わたしの知ってるかわいい佳主馬くんはどこに行ったの。あれか。侘助おじさんか。あいつか、あいつに習ったか。


「そんな、わけじゃ、ないし、馬鹿にしてたつもりも、なかった。そう聞こえてたなら、ごめんなさい、わたしは君のこと、弟みたいに思っ」


 歯がぶつからない程度に思い切り、口を塞がれた。彼の口でもって。びっくりして息を止めて、携帯を握り締める。方耳だけに流し込まれる音楽が、気持ち悪かった。


「っ、い、たあ!」


 噛み付かれて、やっと、突き飛ばした。細くて薄い身体のくせに、親戚のおじさんから教わった拳法で鍛えられているという強さは伊達ではないらしく、わたしは思い切り両肩を押したのに、彼は口角を上げていた。


「ちょっと、血、血、出た!どんだけ強く噛んだの!」


 わたしの叫びにも動じないで笑っている彼を見て、はっとして、口許を隠した。上唇なんて自分では噛めない、そこを切るなんて、殴り合いか、あるいは。
 なんてことだ、あの可愛かった彼はどこへ消えた。日に焼けた肌が、やたらとかっこよく見えた。




title:ジャベリン






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