姿勢よく座っている彼の読んでいる本が、とても気になる。きっかけはそんなことだった。

 表紙が美しい本を読んでいた。彼がバスケ部だということは知っていたけれど、だからこそ、彼の読書家っぷりを見て驚いた。運動部にも本好きっているんだ、なんて、ちょっと失礼かもしれないことを思いながら、なるほど彼は体育館よりも図書館の方が似合っている気がする、と、ぴんと伸ばされた背筋を見て思った。というよりも彼が激しく動いているのを想像できなかった。こうしてお行儀よく座って、静かに活字を追っている方が、なんだか絵になるように思う。知らないけど。


 それに、だ。本に興味がわいてから、黒子くん本体にも興味をもつようになった。彼は見た目のとおりの真面目くんで、授業中に発言するようなことはないけれど、(とてもまれに)先生に指されれば、十中八九正しい答えを言うし、当てられて前に出て黒板に書く数式や漢字や単語は、とても几帳面に並んでいる。加えて、学校生活。お昼は部活のメンバーで食べることが多いらしく、あまり教室に居るのは見かけない。放課後の掃除は驚くほどていねいに素早くこなす。早く練習したいという気持ちと教室を汚いままで置いていてはいけないだろうという気持ちが見事に半分ずつ伝わってくる。ちなみに火神くんは同じく素早くこなすけれどとんでもなく雑である。


「火神くん机引きずらないでください」
「いいじゃねえか別に、それより今日は紅白戦だろ、急がねえと」
「やることやってから、です」


 おお、いい子だ。高校生の鑑と言ってもいいんじゃなかろうか。モップ片手に机を持ち上げていたわたしは、黒子くんの姿を見て感心した。火神くんもちょっと不満そうにしながら机を持ち上げて運んでいた。バスケ部いい子多いのかな。火神くん勢い余って机の中身こぼしてるけど。バスケ部偉いなあ。


「綿貫さん、持ちます」
「えっ」
「それボクの机なんです。今日は、重いので」


 わたしから机を受け取ってそのまま並べに行く彼の背中が、わたしの思っていたよりもたくましいものだったので面食らった。「……ありがと、いつも」言ったら、きょとんとした顔で振り返った。


「いつも?」
「黒子くん、早く部活行きたいだろうに、いつもていねいに掃除するから」


 彼は心底驚いた、という表情でわたしをまじまじと見つめて、それから、「面白い人ですね」と言った。馬鹿にされているような響きは感じられなかったので、リアクションに困った。



 掃除の終わった後、である。日もすっかり長くなり夕方はまだまだ遠い。バスの時間まで時間がないので、とっとと退散しようと、リュックをお腹に抱いて廊下に出た。


「綿貫さん」


 わたしを呼び止めたのは黒子くんだった。あれ、急ぐんじゃなかったのかな。いいのかな。首を傾げて「何?」と訊いた。


「急ぎですか?」
「そちらこそ。部活大丈夫なの?」


 また、彼はびっくりしていた。なんなんだ一体。それから一転して、意を決したような表情を浮かべて、わたしを見据えた。わたしの中で想像していた人物像からはつながらないほど、まっすぐで強い眼差しだった。


「綿貫さん、好きです」
「えっ」
「ボクのことをしっかり見てくれる綿貫さんが好きです」


 周りの喧騒も、蝉の鳴き声も、全部、聞こえなくなっていく。本から始まって、最後、到達地点はここだったのかと思った。わたしの世界には、今、黒子くんしかいなかった。






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