※満天が人気なのかよくわからないけど人気という設定



 わたしは田口先輩に想いを寄せていた。あの眠たげな目が、緩やかに弧を描いたり速水先輩の言動にへの字になったりする口許が、それになにより、ひだまりのような雰囲気が、とても好きだった。
 初めて出会ったのは確か、院内屋上にあるレストラン、「満天」だったと思う。お昼過ぎということもあってひどく混み合った店内に、普段はお弁当を作ってきているわたしは、なぜ昨夜に限って目覚ましをかけわすれたのだろうと途方に暮れた。人ごみに流されきれずにぎこちなく歩き回るわたしを、面倒くさがるでもなく疎ましがるでもなく、後ろに居た田口先輩が、つかまえて、とられていた席まで連れて行ってくれた。


「あの、すみません、ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもございません」


 ふにゃふにゃしているわけでもないのに柔らかい笑みが素敵だった。それに、わたしに食べたいメニューを聞いて、どんなに遠慮しても「いいから」と言って注文しに行ってくれた彼の猫背気味の背中が、今まで出会ってきたどんな男の子よりも、素敵な「男の人」だと思った。





 先輩には秘密基地があるというのだ。同級生の彦根くんがそう言っていた。彼はあまり好きじゃないけれど彼の言う事は大抵本当なので、田口先輩に確かめてみることにした。


「そうか、彦根か、あいつ、ばらしやがって」


 珍しく少し不快そうな表情を浮かべる彼に、申し訳なくなって、目を伏せた。しばらくの沈黙の後、居た堪れなくなって顔を上げると、彼の射抜くような視線とわたしの窺うような視線がばちんとぶつかった。彼がそんな、何かを見抜こうとするような、鋭い目をする類の人間だと思わなかったので、驚いた。


「……来てみたいの?」


 わたしはどうやら彼の定めている条件をクリアしたらしく、その質問に現金にも「いいんですか!?」と答えて、苦笑する先輩とともに、秘密基地へと向かった。

 秘密基地というのは、なんてことない、妙なところにくっついている部屋のことだった。そこに行くには一度外に出て階段から回らなければならず、面倒だなあと思ったけれど、彼の足取りがどこか軽いのを見て、この部屋はきっと素晴らしい基地で、それを知っているのは先輩とわたしだけなんだと幻想にふけった。彦根がわたしよりも先にここを知っているのが気に食わなかったが、彼を仲介しなければわたしもここを知り得なかったのだ、仕方がない。ドアを開けて「どうぞ」と言う先輩の言葉に甘えて、秘密基地に足を踏み入れた。


「日当たりがいいんだ、絶好のサボり場所だぜ」


 彼は少年のように目を輝かせていた。やはり基地って、男の人の夢なんだろうか。そういえば父と兄が熱く語り合っていたことがあった。田口先輩も、そうして、くだらなくも大きな夢を持っているのだろうか。


「すてきですね」
「そうだろう」


 褒めるとまるで自分のことのように喜ぶ先輩が可愛かった。すてきって、部屋よりも、夢を持っている先輩のことを言ったんだけどな。このひとにはそういうの、伝わらなさそう。ちょっとがっかりしながら、陽だまりのなかのソファに腰を下ろした。


「青子さんも、気が向いたら来ればいい。あまり被ることはないだろうけど」
「いいんですか?秘密基地なんでしょう?」


 尋ねると、先輩が、「青子さんは、基地に招待されたお姫様のポジションだと思うんだ。だから自由に来てもいい気がする」と、真顔で言うものだから、うつむいてスカートを握り締めた。こんなに幸せでいいのだろうか、レポートも終わらせていないのに。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -