理不尽な不幸というものは知っていた。兄は溺愛されるのにわたしは比較され貶されるだとか、父に八つ当たりされるだとか、母に無視されるだとか。その他諸々、わたしはなんだか人との関わり方が下手くそだったのだ。誰だか知らないけれど、人間がたくさん不幸を感じればその分誰かが幸福になれると聞いた。わたしはそれを、酷いと思った。誰かがわたしのしあわせを食い散らかしているのかもしれないと考えただけで、どうしようもなく損をした気持ちになった。
 けれどそれは、実はそうではなかったのだ。きっと今の今までとっておかれていたしあわせだったのだ。


「お、綿貫、ノート貸せ」


 なんて傍若無人な態度。身長だってそんなに変わらないくせに、どうしてそこまで偉そうな態度を取れるのかしら。わたしは、わざと怒ったような声を作って、「写したらすぐ返してよ」と言った。そうすれば彼は面白そうに「どうだかなあ」と返すのだ。わたしが天邪鬼でいれば、素直に返事をするのよりも数倍、彼は構ってくれる。それが嬉しくて思わず上がりそうになる口角を必死で抑える。


「授業中寝てるからダメなんだよ」
「うるせーな、寝てたって出来るからいンだよ」
「そういうのって不真面目でよくない」


 みんなは彼を大人っぽいだのクールだの言ってもてはやすけれど、決してそんなことはないのだ。ただだるそうにしているだけで、本当のところは、子供っぽくて、短気で、気難しい。それを知っているのはきっと、三国とわたしぐらいのものだろう。それが嬉しくてまた、にやつきそうになってしまう。





 わたしは結構いつも真剣である。後輩の倉間くんに笑われてしまうような小さなことにさえ、全身全霊を注いで取り組む。今は、カルピスを買うかカルピスソーダを買うかについて全力で悩んでいた。


「先輩いい加減にしてくださいよ、委員会始まります」
「いいじゃん一緒に遅刻して行こうよ。カルピスあげるから」
「要らないんで俺先に行っていいスか」


 部活は違うけれど同じ委員会なので仲良くしてくれている倉間くんは、そっけない態度を取りながらもわたしに優しい友人である。そして、わたしが抱いている南沢への想いを知っている数少ない相談相手でもあった。


「おいコラ」


 突然頭を掴まれてぎょっとした。うわっ、と声を上げたら同じタイミングで倉間くんもうわっと言ったのでおかしかった。びっくりして振り返ると、南沢がそこに居た。


「え、意味わかんない部活どうしたの部活行けよ」
「お前が倉間連れてるから練習になんねえんだろ」
「今日は俺委員会ですよ南沢さん。連絡入れましたけど」


 その言葉に南沢は黙り込んだ。倉間くんはにやりと笑って「じゃあ俺先に行きますね。綿貫さんは一人さびしく遅刻してくださいよ」と言って走っていってしまった。おいお前コラ待てや。言おうにも南沢がわたしの腕を掴んで放さない。


「な、なに、遅刻するじゃん」
「すればいいだろ」


 一体何が彼を怒らせてしまったのか。よくわからないし、お金を入れてあった自販機のボタンを適当に押してわたしの苦手なストレートティーを勝手に買いやがった彼の行動にも腹が立つ。それでも不思議なことに、「委員会なんてサボっちまえよ」と寂しそうに言う彼の顔を見ただけですべて昇華してしまうので、わたしは理不尽な幸福というのに戸惑ってしまうのだった。






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