「女」って、ひどく醜い。こう言ってしまうとまるでわたしが男尊女卑の考え方を持っていると誤解されそうだけれど、そうではない。女性が世間で活躍している姿をテレビやら雑誌やらで見ると素直に尊敬するし、自分もそうなりたいと思いはする。するけれど、それは、「女性」であって、「女」ではない。わたしの自分勝手な言葉への思い込みだけれど、「女」と「女性」は違うし、また、「女」と「女の子」も違う気がする。「女」というと、どうにも、ひとりの男に入れ込んで、見境のなくなった姿を想像してしまうのだ。


「青子ちゃん、椅子足りないって」
「あーはいはい取ってくる」


 今は卒業式の準備中である。授業をおして在校生全員を使ってまで行われるこの準備が免除されるのは、吹奏楽部と放送部くらいのもので、わたしはしがない合唱部員なので、この肉体労働に参加している。えーと、椅子、何脚足りないんだろう。指差し指差し自分の担当の場所を確認する。え、うそ、六脚とかありえないわ。なぜちゃんと数えなかったし。校舎の三階にある視聴覚室から椅子を降ろしてくるだけでも大変だというのに、二往復もしなくてはいけないのか。自然と漏れそうになったため息は、大きな太鼓をいくつも運んでいる吹奏楽部を見ることによって引っ込んだ。すげーななんだあれ、確か、ティンパニ、だっけか。あんなたくさん、女の子ばっかりで、よく行事ごとに運べるよなあ。嫌になったりしないんだろうか。


「おれも行くよ、綿貫」


 突然後ろから声をかけられて思わず飛び跳ねた。冗談ではなく本当に、三センチくらい。向こうも驚いたようで、「わ、わるい」と謝った。いえいえわたしがチキンなのがいけないんです申し訳ない。ざわざわと騒がしい体育館を、夏目くんとともに後にした。





 空は青く晴れ渡っていて、ステレオタイプな言葉かもしれないけれど、まさに「卒業式日和」といった風情だ。天気予報によると、今週はずっと晴れたままらしい。それはありがたいけれど、そろそろ日焼け止めがなくなりそうだったことを思い出し、ちょっとだけ憂鬱になった。


「何脚だっけ」
「六脚。まじありえんわー誰だ最初に数えなかった奴」


 隣に立つ夏目くんが、思ったよりも筋肉質で背が高くて驚いた。いや、男の子だから当然なのかもしれない。なんかもやしみたいななよっちい奴だと思っていたけれど、そうでもないらしい。真顔で「じゃあおれが四脚持てばちょうどいいよな」なんて言うからさらに驚いた。


「ずいぶんすっきりしちゃったねえ」


 思わずしんみりと呟いた。いちおう夏目くんが傍に居たから語りかけるかたちにはなったけれど、彼の「そうだな、なんか寂しい感じがする」という返事をわたしは別に望んでいなかった。
 でもそう、本当に寂しくなってしまった。三年生が学校に来ていない今、生徒の数は当たり前だが格段に減り、休み時間に聞こえてくるざわめきもどこか小さいような気がしてならない。三年生が使っていた棟のしんとした廊下を歩くたび、そこに並ぶ教室の静けさを感じるたび、掲示物のなくなって物寂しい教室を見るたび、なんともいえない、からっぽの気持ちになってしまう。うららかな春先の、暖かい空気はもちろん好きだ。しかしこの、いかにも「別れの季節」といった物悲しい感じは、小さな頃から慣れなかった。


「あ、」


 いやなことを思い出した。小学生のころに「女」の修羅場に巻き込まれた事件だ。
 卒業式に告白するんだ、と意気込んでいた友人がいた。その子の所謂想い人は、式の当日、体育館裏にて、驚きの振り方をしてみせた。「おれ、綿貫がすきだから」。なんと傍迷惑な!せっかく中学に行ってもお互い頑張ろうね、おうちご近所さんだからまた遊ぼうねといい雰囲気に包まれていたわたしを、その子想い人の言葉とその子の憎しみが修羅場へと引きずり込んだ。経緯を説明されて泣かれて周囲の女子にはなじられて、お菓子の首飾りと卒業証書をもてあまして突っ立っていたわたしのみじめさといったら。あの記憶もあいまって、なのかもしれない、わたしがこの季節に慣れない理由。


「どうかした?」
「いや、女って怖いよなあって」


 端的にそう説明したら、夏目くんは椅子を持ち上げながら笑って、「お前も女の子だろう」と言った。ちがうんだ夏目くん、女の子と女は、月とスッポンよりも大きな差を有している。


「小学生にして修羅場に巻き込まれたんだよわたし」
「それは壮絶な人生だ・・・」


 真面目な顔をして頷いた夏目くんを見て、なんとなく、あ、この人いい人だ、と思った。この人はきっと誠実で嘘を吐かない、それでもって女の子にちょっとした幻想を抱いていそうな、純粋そうないい人だ、と。


「修羅場、かあ」


 階段を降りながら、夏目くんはまだぼやいていた。わたしの言葉から、一体小学生の巻き起こす「修羅場」とはどんなものなのかと想像をめぐらせているに違いない。かわいらしい人だ。


「確かに怖いなあ、でも綿貫がそんなのに巻き込まれてるの見かけたら、おれがちゃんと助けるからだいじょうぶ」


 にこりと笑いながら冗談交じりにそう言った夏目くんの、さらりと風になびいた蜂蜜色の髪を見ていると、案外女もいいものかもしれないと思ってしまったわたしは紛れも無くあんなに嫌悪した立派な「女」であった。



――――――
不完全燃焼だぜ・・・
綿/矢/り/ささんの「か/わ/い/そ/う/だ/ね/?」を読んで思ったこと。
「女」にはなりたくないね。

title:星葬






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