※長いです





 ねえねえレギュラスレギュラス。
 我ながらうざい絡み方だとわかっている。わかっているけれど、でも彼に構ってもらうのは楽しいのだ。勇敢な者の集まるグリフィンドールの中で、間の抜けたわたしはやっぱり、はぶられ気味なのである。「寂しいひとですね」なんて蔑むように言う彼がわたしを完全に拒絶することはない、だって彼は優しいから。そこに漬け込むわたしはどこからどう見ても嫌な奴で、そんなわたしにはやっぱりグリフィンドールはふさわしくないように思えるのだった。





「よう青子!」


 そんな中でも、シリウスたちはわたしに優しくしてくれた。教室を移動するときにはひとりぼっちのわたしを捕まえてできるかぎり傍に居てくれようとしたし、リリーなんかは授業でわたしとよくペアを組んでくれた。ジェームズとシリウスはわたしを悪戯の実験台にして遊んだり(しかし彼らに悪気はないのだ)、リーマスはわたしにチョコレートと紅茶をくれたし(餌付けされている感がないでもない)、ピーターは泣きそうなわたしを見かけると必ず駆け寄ってきたし(何をしてくれるわけでもなく、ただ隣に居てくれた)、リリーはわたしを抱きしめてくれた(海の向こうに居る母親を思い出した)。まあ、わたしの中での居心地ナンバーワンが、「レギュラスの隣」から動くことはなかったのだけれど。


「シリウス、なんか怪しい色をした薬をわたしにかけるのはマイブームなの?ちょっと怖いよ」
「今回のは成功だって!ちゃんとすぐ取れる猫耳だから!」
「すぐ取れたって猫耳はいやです!」


 やっぱりほら、優しいのだ、ほんとに危ない魔法の実験をわたしにはしない。ただちょっと恥ずかしい思いをするだけの実験。鮮やかな空色をしたそれはどろりと粘性を持っているらしく、どうやら服用するものらしい。いや飲まないけど。


「ねえやだ、やだったらやだ、はずかしい、だめ!」
「いいじゃねえかどうせすぐ効果切れるんだから!多分」
「その多分が信用できないから嫌がってるんでしょー、やめてったら!」


 いつもの展開なら、結局わたしが折れるか、そこにジェームズが加勢して無理やり実験台にされるかのどちらかだった。でも恐らく、場所が悪かったのだろう、なんせここはちょっとした空き教室であり、つまるところグリフィンドール生以外が通る可能性が充分にある場所だったのだ。通りかかった人物というのが、また、悪かった。


「アクシオ、青子」


 冷たく澄んだ声がわたしを呼ぶ、ってか、え、アクシオ?と身構える間もなく何かに襟ぐりを強く引かれる感覚、わたしの肩を掴んでいたシリウスのてのひらは、驚きにより容易くはがされた。抱きとめられたといえばそれなりにロマンチックに聞こえるかもしれないが実際は抱きとめられたというよりも乱暴につかまえられたと表現するほうが近い気がする。言うまでも無い、わたしに魔法をつかったのは、レギュラスだった。


「何をしていたんです、嫌がる青子に、一体何を」
「おーおー思春期だねえ、一体どんな想像をしたんだいお前はよお」


 シリウスがピリピリしているのはすぐにわかった、でもそれは割りとよくあることなのでびっくりはしなかった。それよりもわたしが畏怖を抱いたのは、弟の方である。表情に表れはしなくとも、伝わる。なんだってこんな、ひどく、怒っているのだろう。


「いいから答えろ、嫌がる人間に魔法をそうやって使うなんて、僕は」


 彼のその言葉の裏には、きっとセブルスも存在する。彼の先輩にあたるセブルスはシリウスたちに陰湿な嫌がらせを受けているのだ、それに彼がいい気持ちなんて、抱くはずも無い。


「もし、惚れ薬だって言ったら?」


 頭に血がのぼったらしかった、レギュラスはわたしを床に放ると、シリウスに殴りかかった。え、なんのためにわたしアクシオされたの、仮にも守るためだったのではないの?とか疑問が浮かんでは消えたけれど、その間も取っ組み合いは続いている。いい加減に止めなければと思い、放られたときにぶつけた背中をさすりながら、ふたりに近寄った。


「ばか、先生来たらどうすんの、減点じゃすまなくなるよ!」


 わたしの言葉なんて聞く気もないのか、シリウスがレギュラスに馬乗りになった。どちらも細いけれど、同じような体格だからこそ、本気で殴ってしまったら、どうなってしまうのか。考える前に身体が動いた。咄嗟にシリウスを羽交い絞めにする。


「ねえほんとにばか!そんなことしたらレギュラスが、っ、・・・、・・・え、あ、」


  おどろいた。


 何こいつ頭沸いてんじゃねえの、が一番の感想で、その次に驚きと羞恥と怒りがこみ上げた。わたしは立ち上がったシリウスに、両肩を掴まれてキスをされていた。

 慌てて突き放してシリウスの頬を張る。驚きのあまり、ぺちん、なんて間抜けな音しか鳴らなかったのが、わたしのわたしたる所以のようで、なんだか虚しくなった。信じられない何してんのあんたばかじゃないのほんとにばかじゃないのなんでわたしなんかにこんなことすんの意味わかんないねえあんた彼女いたんじゃないの、色々一気に頭に浮かんだけど、それらよりもまず気を取られたのは、レギュラスがいない、という事実だった。


「れ、れぎゅらすっ」


 追おうとするシリウスを無視して、迷子が母親を探すように、レギュラスを探した。といっても飽くまで校内であるから、きっとスリザリンの寮だろうと目処をつけて走ったら、案の定彼は寮に入っていくところだった。


「ねえ待ってレギュラス、いかないで、ねえっ」


 振り返ったレギュラスの瞳が、いつもと変わらないように見えたので、安心して駆け寄る。その間も立ち止まってわたしを待っていてくれたので、きっと何も見なかったことにしてくれたんだと馬鹿なことを考え、一緒に寮に入った。

 のが間違いだった。

 生憎今日はホグズミード行きの日だったので、寮には人っ子一人いなかった。じゃあなんでシリウスは残ってたんだろう、とか考えたけれど、そんな思考はレギュラスの行動によって消え去った。寮に入ったとたん腕をつかまれた。ソファに放られた。うまく受身を取れなくて呻いていたら馬乗りされた。シリウスにされたことへの八つ当たりかと思って身を固くしたらキスされた。どういうことなの意味わからん。一日に二回もイケメンにキスされるとか意味わからん。わたし彼氏いない暦イコール年齢なのに。びっくりしてレギュラスのローブをつかんだら、レギュラスもびっくりしてた。


「拒絶、しないんですか」


 とても近い距離で、レギュラスがわたしに問いかける。どこか泣きそうな目で、わたしを見つめる。その灰色が、泣きたくなるほどに、いとおしい。


「どうして」
「だって、兄さんは拒絶したじゃないか」
「なんで、シリウスとレギュラスに同じ反応しなきゃいけないの」


 じゃあわたしって、レギュラスが好き、なんだろうか。もしかして。わたしの自問なんて当然彼は知る由もなく、心細げな声で、またわたしに問いかけた。


「貴女は、僕の中に、兄さんを見ていたんじゃないのか」
「えっ」


 どういう誤解のされ方だ。わけわからん。つまりわたしがシリウスを好きだって、思ってたのか。もしかして。なんだそれはずかしい。


「僕はずっと、青子が好きで、でも青子は僕のことを好きじゃないと思ってた。だからあんなにひどくして、青子が僕から離れていってくれるようにって、僕が変に期待してしまわないようにって、」


 段々とその冷たい声が、熱く、泣きそうな声に変わってゆく。なんてこったい後輩泣かせちまいそうだぜ。どうにも彼を泣かせたくないと、笑えなんて無理は言わないからとにかく、彼に平穏でいてほしいと強く願うということは、つまりやっぱり、そういうことなんだろうか。


「わたしはレギュラスの隣、すきだよ」


 泣きながら泣きながらわたしにちゅっちゅとキスをする彼のいとおしさといったら。今まで心の隅に巣食っていた孤独感が、彼の涙とキスで溶けて消えていくような気がした。




title:ジャベリン






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