お店の掃除の合間に、桃太郎さんが雑巾をかける手を止めてつぶやいた。


「そういえば、もう現世は紅葉がきれいなころだなあ」
「紅葉?」


 顔を上げて問い返せば、詳しく教えてくださった。現世の日本では季節ごとに風景が美しく変わり、この時期になると木々の葉が赤や黄色に染まるのだという。


「天国も地獄も、季節なんてないからね。ここは年中春みたいだし、地獄は年中夏みたいだ。年中真冬のとこもあるけど、現世ではそういうものがあるんだよ」
「行きたい?」


 ひょっこり、戸のとこから白澤さんが姿をあらわした。会話を聞いていらっしゃったらしい。


「行きたいって」
「さこちゃん、絵描き目指してるなら、きれいなもの見て損はないでしょ」
「い、いいんですか」


 桃太郎さんが「オイ店どうすんだ」と呻いていた。確かに、と思ったがなんとも魅力的なお誘いだ。どうしようどうしよう、と悩む私に、白澤さんが王手をかける。


「さこちゃんの夢のために僕ができることならなんでもしたい。店ならどうとでもなるさ」


 私の両手を握って、指をなぞって、白澤さんが言う。


「行きたいんだろ?」
「そ、そりゃあ、行きたい、ですけど。でも・・・・・・」
「じゃあ迷わなくていいじゃない。行こうよ、連れてくよ」
「店番程度なら、俺だってできるから、さこちゃんが我慢することないよ。ただコイツも付いてくってのが予想外だっただけで」
「だって桃タローくん、簡単な薬なら自分でも作れるでしょ」


 桃太郎さんが目を丸くして黙った。白澤さんはにこにこしたままだ。この人、相手を乗せるのがうまいっていうか、私もその餌食ではあるんだけども。


「じゃ、決まり。あんまり長期間店を空けるわけにもいかないから、一泊二日でどうだろう。なるべく早めがいいだろうから、明日の朝には出られるように準備しといてね」
「え、え」
「わーい楽しみだなあー。さこちゃんと旅行ー」


 ふんふん鼻歌をうたいながら、白澤さんは自室に行ってしまった。明日って。一泊って。日帰りのつもりでいたからちょっと面食らったけど、ずいぶん急で驚きはしたけど、少し、いやかなり、わくわくする。かも。



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