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「ただいま戻りました」
店の引き戸を開けて奥に声を掛ける。白澤さんがにこにこ、薬膳とお茶の載った盆を持って出迎えてくださった。
「おかえりさこちゃん、お昼食べていかなかったでしょ、心配したんだから」
「わざわざすみません」
「いーえ、元々ご飯は提供する条件で雇ったんだから、当然」
席に座って、いただきますと手を合わせる。あたたかくておいしくて、頬がゆるむ。こんなにいい職場を離れるなんてどうかしてる。はっきりそう話したことはないけれど、桃太郎さんだってそう思っているはずだ。
「ねえ、どこに行ってきたの?」
「・・・・・・ちょっと、友達と買い物に」
「ふうん」
目を細める白澤さんに、なんとなくしっくりこないような、不思議な感覚を覚えた。私がどこに出かけようと、今まで彼は気にもしていなかったのに。まさか無意識で天敵の何かしらを嗅ぎつけたとでもいうのか。顔に出さないように気をつけながら、ゆっくりと答える。何か隠しているとばれようがそうでなかろうが、いつもの白澤さんなら追求などしない。これで更に問い詰められたら、白澤さんに何かあったか、それともクビを言い渡されるか・・・・・・。ひやひやしながらお茶をすすって、白澤さんの様子を伺う。詮索はなさそうだったので、安心した。
さこちゃんが食器を洗いに下がったあとで、頬杖をついてその背中を目で追った。怪しかないけど、なんていうかいやな感じがする。さこちゃんから、甘いにおいがした。甘いといったって化粧品や香水や、その類ではない、食べ物の、甘味のにおい。でも薬膳の食べっぷりを見るに、彼女自身が何かを食べた訳ではなさそうだった。相手に付き合ってどこか店に寄ったのか。女の子同士で出かけたならそれも珍しくないだろう。気にすることじゃあない。それがどうしてこんなに引っかかるって、「甘味が好き」な「彼女の知り合い」で且つ「男」である奴に心当たりがあるからだ。眉間に皺が寄るのが分かった。外れていてほしい想像ほど、よく当たるのが世の常だ。
「どう牽制すべきかな」
つぶやきは、さこちゃんが洗い物をする音にまぎれて消えた。