「あんな職場はやめて、ここへ来ればいいのに」


 真剣な顔でそうおっしゃる、角の生えた、切れ長の目の、大柄で、耳の尖ったその人、要は鬼である。


「そこまで人員不足、激しいんですか。ヘッドハンティングもいいですけどもっと人を選んではどうです」
「選んだ結果、貴女なんです。私に人を見る目がないとでも?」
「そうは言いませんけれども……」


 湯呑に口をつけ、温かいお茶をすすった。あまりにも状況が突飛なので、説明しようと思います。



 まず彼、鬼灯様の言う「あんな職場」というのは、何を隠そう、鬼灯様の宿敵、白澤さんの経営する、極楽満月である。とはいっても正社員ではない、しがないバイトだ。では本業は何かというと、売れない絵描きである。驚くほど売れない絵描きである。しかし絵から離れる気もさらさらない。しかし金がなくては腹も膨れない。そんなある日、桃源郷でばったり出会った白澤さんと意気投合し楽しくおしゃべりするうちに、あれよあれよという間にバイトが決まったとまあそういう訳であるが、衣食住も賄ってもらえて、あれだけ周囲の環境もよければ、断る方がどうかしてる。そこから鬼灯様に出会うまでには色々あったのだけれど、そこは割愛させていただこう。
 何故だろう、私はこの地獄の誰より恐ろしい鬼灯様に、いたく気に入られてしまったのだ。



「衣食住云々というのはこちらでも変わりません、というかかえって条件はいいはずです、特に住に関しては」
「私は今の職場を離れるつもりはありません。お誘いは嬉しいですが私には私のやりたいことがあります。閻魔殿に勤めて、私のしたいことは出来るのですか?」


 問い詰めれば、鬼灯様は一瞬黙って、ため息をついた。


「無理やり連れて行こうなんて思っていませんとも。貴女が貴女自身の意思でこちらを選ぶ、という形がベストですから」
「ああしつこい。そんなんじゃあモテませんことよ、せっかくお顔が綺麗なのに」


 腹が立った。確かに、確かに白澤さんは褒められるような生活をしていないかもしれないけれど、私を拾ってくれた人で、私の夢を支えてくれている方なのだ。そんな彼と極楽満月を捨てて来いだなんて、完全に、ナメている。お茶代を机に叩きつけて席を立つ。


「おいしいお店を教えていただいてどうもありがとうございました、何回誘われたって私の気持ちは変わりませんから」


 小銭を拒まなかったのは、果たして呆れなのか、それとも。周りの好奇心に満ちた視線を振り切るように、早足で店を出た。



「……生意気な人だ」



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -