岩泉先輩以上にかっこいいひとなんていない! と力説したら及川先輩に爆笑された。にくい。くそ。それでもわたしが彼に媚びることをやめないのは彼が岩泉先輩の幼馴染で相棒だからだ。
 そう、今日は何を隠そう岩泉先輩の誕生日。恋人でもなければ(いずれそうなれたらどんなにしあわせだろう!)、学年も部活もちがう岩泉先輩のすきなものを、わたしは知らない。知らないから、こうして及川先輩をとっつかまえては尋問している。のだけど、いまだに情報は引き出せていない。


「先輩のばかあほいけずーっ、もうやだいいかげん教えてよーっ」


 焦れたわたしが敬語すらわすれて、ほとんど泣きそうになりながら及川先輩にすがろうとしたら、後ろから襟首をつかんで引っぱられた。締まった。しぬ。


「岩ちゃんだめそれ、なまえちゃん死んじゃう」
「てめェがこいついじめてるからだろうが」


 がるる、と副音声が聞こえてきそうな勢いで吠え、違う、怒鳴った岩泉先輩は、やっとわたしの襟首をはなすと、むせるわたしの肩をつかんで顔をのぞきこんだ。


「なにした? 言ってみ?」
「な、なんにもされてないです」


 まさか真実なんて言えるはずもなく、そして近いところにある先輩の顔を直視することができずに、首ごと視線をそらす。つかまれた肩があつい。だというのにこの及川先輩はわたしたちを置いて逃げようとする。「じゃあねーがんばってねー事後報告でいいからくわしく聞かせてねー」と颯爽と教室を後にした及川先輩に明確な殺意を覚えた。


「……なあ、どうしても、言えねえのか?」
「どっ、うして、も」


 嗚咽をもらしはじめたわたしの目に、ぎょっとした岩泉先輩の顔がうつる。もう弁解のしようなんてなかった。及川先輩がいけずするから。でももとはといえば、ちゃんと情報収集をしていなかったわたしがわるい、ような気もする。とってもかなしくなってしまって、涙がこぼれていくのを止めようとすら思えなかった。


「お、おいみょうじっ、」
「お、おいがわぜんばいが、い、いじわる、するがらああ」


 高校生とは思えないほど激しく泣きじゃくって、岩泉せんぱいのくつばっかり見ていた。もう下しか向けない。頭がずうんと重くなってしまったみたいだ。


「グズに、なにされた?」
「わ、わたし、きょうたんじょうびって、し、しらなぐで、」
「……ん?」
「いわいずび、ぜんばい、が、なにほじいのって、きい、たのにいい」


 そこまで言って、もう言葉も発せられなくなった。あうあう、口からは意味のない音ばかりがもれて、いたたまれない。岩泉先輩があんまりにも何もしゃべらないから、ああやっぱりもう希望なんてないやって、もういいや明日及川先輩に八つ当たりしようって、やけになりはじめたばかな頭を、ひとはだの温度が殴りつけるような衝撃でおこしてくれた。
 だきしめられてる。


「い、い、岩泉せんぱい? あ、あ、あのっ」
「お前はほんっとに、もう、あークソッ」


 ぶつぶつ悪態をつきながらも、わたしの背中をさする手はどこまでもやさしい。だんだん落ち着いてきた呼吸で、そっと、たずねる。


「あの、岩泉、先輩?」
「お前が、こんなに、俺のことで必死になってくれてたってだけで、腹いっぱいだ」


 それって。
 いちどおさまったはずの涙がまたぶりかえして、岩泉先輩のシャツをひどくよごしてしまって、それを様子見に戻ってきた及川先輩に笑われたのはまた別の話である。






―――
岩ちゃんハピバ三分前ギリギリセーフ




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