失恋した。というのはいくらかおかしいかもしれない。恋を失うなんてあり得ないのだ。ひとの恋は、死ぬ。誰にも知られることなく、報われることなく息絶えて、その持ち主である少年も少女も、静かにそれを看取るのだ。それしかできないのだ。そうすること以外に、何も出来ないのだ。


「まあ、どんまいっつーかなんつーか」


 わたしは涙も流さずに恋の死を教えた。それを教える相手がいるって幸せなことなのかもしれない。目の前で気まずそうに頬を掻く彼が、わたしを慰めるべく言葉を選んでひどく悩んでいるのを見て、心の穴が少し、満たされた。わたしの恋した相手ではないけれど、わたしのために悩んでくれる男の子がいる。しかもその子は格好よくて爽やかで優しいのだ。ときめきはしなくとも、嬉しいものは嬉しい。


「お前のいいところにも気付かないでそんな派手な奴を選ぶなんてセンスねえな、と、俺は思うよ」


 わたしよりも黒く大きいてのひらが、わたしの頭をおずおずとなでた。心地いい。たどたどしい動きで、わたしの髪を梳いている。


「泣かないのか」
「泣かないよ」
「そっか」
「ショックなつもりなんだけどなあ」


 傍目にはそう映らないらしい。彼の人のよさに甘えて、少しずつ苦しみを和らげていたからだろうか。もしそうなら、普通の失恋よりは、軽いのかもしれない。たしかに好きだった。でも、彼はわたしを見ていない。そう知ってしまえば、どこかこじつけがあるにしろ、彼を見る目を閉じるのは、思っていたより容易かった。


「なまえ」
「なあに」
「なあ、弱みにつけ込むみたいで良心は痛むけどよ、俺は……その、失恋しないで済んだ、みたいだ」


 彼のそれよりも小さなわたしのてのひらをそっと包んで、囁かれる。失恋のすぐあとは恋に落ちやすいというけれど、なんだか、罪悪感。失恋して数時間後だなんて、わたしったら、現金というのは違うだろうけど、ちょっと、ちょっと、がめつくはないだろうか。


「俺じゃ、だめ、かな」
「……だめじゃない、です、ジャッカルくん。」


 そうっと、彼の名前を呼んでみた。数時間前に息絶えた恋が、やわらかくあわく、色づき始めている。その墓標の傍にしゃがんで、わたしはさっきかけたばかりの土をはらうのだ。



title:ジャベリン




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