すきなひとが、いる。


「ちからくん次の選択いっしょにいきませんか」
「いいですよ」


 つられて敬語になりながら、みょうじさんの隣に並んだ。
 彼女は目が悪い。けれどもメガネもかけないしコンタクトもつけない。メガネはうっとうしいそうで、コンタクトはこわいそうだ。かといってあまりにも目が悪いものだから放っておくわけにもいかず、授業中はしぶしぶ、メガネをかけている。それがとても似合っているとか、まあどちらにしろ可愛いものは可愛いのだけど、俺にはその類のことを言う勇気などない。

 彼女が俺と行動をともにするようになったきっかけは、その異様に低い視力だった。
 入学したてのころ、彼女と隣の席になった。彼女いわく「物理的な距離もそうだけど、いちばんは話しかけやすそうなオーラ放ってたから」だそうだが、このときばかりは自分がボンヤリした風貌であることを心の底から喜んだ。
 すみません、黒板に何が書いてあるのか、教えてくれませんか。
 やわらかく、高すぎず低すぎず、ひそめられたその声の求めているのが俺だと気付いて、どもりながらも快諾した。その日から俺は、じわじわと、彼女に焦がれている。

 ある日、急に名前で呼ばれたので勇気を出して理由を訊けば、「えんのしたくん、って呼ぶのはなんだかしっくりこない」のだそうで。あれだけどぎまぎしたのにコストの問題かよ、と少しだけがっくりきたのは秘密だ。


「あ、あれ、もしかして男バレのひと?」


 ふたり並んで廊下を歩いていると、みょうじさんが反対のはしっこの方を指さした。なるほどたしかに西谷と田中がそこにいて、俺を大声で呼んだ。空気の読めない奴らだ、まったく。片手を上げて謝ってから、奴らの方へ歩を進めた。みょうじさんは壁のほうに寄って、身を縮めている。俺を待つつもりのようだ、急がなければ。


「わりィないいとこだったのに邪魔しちまって」
「そう思うならタイミング選んだらどう」
「まあそう言うな! いや今度の練習試合のことでよお」


 田中が口にしたのは部活のそこそこ大事な用事だった。後でメールでも回されるらしいが、ちょうど俺を見かけて、先に知っていて損はないだろうと、教えてくれたそうだ。集合時刻と場所を頭に刻んで、お礼を言ってから、みょうじさんのところに戻ろうと振り返る。もう休み時間も終わりが近いからか、人がぞろぞろと廊下を歩いていたので、その間を縫うようにして、


「あ、おかえりちからくん」


 その人の海を抜けたときに聞こえてきた声にぽかんとした。みょうじさんのふたつの目が、はっきりと俺をとらえて、微笑んでいる。
 さっきみょうじさんが田中と西谷を認識できたのは、部分金髪に坊主と目立つカッコをしていたから。じゃあ、今の、俺は? 首のところまでかっかと熱くなる俺をよそに、みょうじさんはなんでもないような顔をして「遅刻しちゃう、はやくはやく」なんて言っている。


 ああもう、この恋に、終わりが見えない。




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