「あっついねえ」


 前髪が汗でデコにはりついてて、こどもっぽくてかわいいな、と思った。テスト前の部活停止期間、みょうじと家が近い俺は、こうして一緒に帰っている。坂ノ下のとこで買ったアイスをぷらぷら振りながら、みょうじが力の抜けそうな笑顔でぼやいた。


「やんなっちゃうね。でもアイスはおいしい」
「冬でもかわんねえだろ」
「それはノヤくんだけじゃないのかな」


 暑さにやられたのか、頬がほんのり色づいていて、熱でもあるみたいだ。もう四時も過ぎるから真昼間よりはマシだが、それでも暑いモンは暑い。首をだらだら流れてくる汗を、シャツの襟のところで拭った。


「ガリガリくんはさあ、ソーダだけにしとけば、かわいいのにね」
「あー、コンポタとかナポリタンとかな!」
「ひどいよね。食べた?」
「一応な。二度と食わねえ」


 わざと大げさに顔をしかめて言えば、みょうじは俺をみて、あはは、と笑った。ちっせえ歯。でも、きれいにならんでる。犬歯がちょっととがってて、小動物みたいだ。


「あーあー買い物行きたい。ねえ明日荷物持ちしてよ」
「バッカ、テスト前だろが」
「うわ、ノヤくんに言われるとか」
「てめえ!」


 俺よりも低い位置にある頭をわしわしと乱暴にかきまわす。「やめてよ汗かいてるから!」とあわてて頭を振るみょうじは、子犬か何かのようだ。しかも、チワワとかダックスとかじゃなくて、柴犬みたいなやつ。


「あ、ねえ聞いて、こないだの」


 言いながらみょうじがいそいそとスマホを取り出した。「ノヤくんがリベロの話したじゃん、動画見てきたよ」画面をいじって俺に見せる。


「おおおっお前っセンスあるな!!」
「まじ? ねえまじ? 調子乗っていい?」
「乗れ乗れ、全然許されるわ!」


 小さい画面の中で所狭しとうごきまわる選手たちのなかで、ひとり違う色を纏う、リベロ。たしかに、した、俺がバレーをやっているという話、ポジションは何だと聞かれて、リベロだと答えたら、みょうじは、知らないなあ、調べなきゃ、と言った。俺もすっかり忘れていたがまさか本当に調べてくるなんて思ってなかったからびっくりした。


「ノヤくんレシーブすごいんだね!」
「おう、こーやってシュッてしてポンッだ」
「え、なにそれ」


 俺が構えたのを真似しようと、食べ終わったらしいアイスの棒を口にくわえた。やっぱ、ちっせえ口だ。
 体育でやったのか、基本の構えは知っているようで、俺の動きを見ながら、ぎこちなく動く。


「こう?」
「じゃなくて、こう、これお前おかしいって」


 構えを直してやろうと、その小さなてのひらを、つかんでから、はっとする。しろい、やわらかい、すべすべで、爪まできれい、つるつるだ、磨いたりしてんのかな、指も手首もほっせえ、骨からほせえ、力を入れたら、折れてしまいそうだ。みょうじは女で、俺は男だ。いくらみょうじがさばけていても、いくら俺が小柄でも、その違いはどうしたって消えないし、どこまでだってついてくる。

 ふたりの間に、「そういう」空気が流れて、気まずくて、おずおずと視線を上げる。みょうじはばっちり俺を見ていた。顔、真っ赤、たぶん、暑さのせいじゃ、ない。手の次に、俺は、くちびるにくぎ付けになった。くわえられている、先っちょの丸い、うすっぺらなアイスの棒が、かすかに震えた。はたから見たら間抜けな絵面だな、とも、この棒邪魔だなクソ、とも思った。とりあえずお前、それ、どかせよ。念じてたら、みょうじの片手が俺の手をすりぬけて、くわえていた棒をそろりと抜いた。それからきょろきょろしたかと思うと、ちょうどすぐそばの道端にあったゴミ箱の隙間に棒をねじこんで捨てた。振り返ったその瞬間に、俺は、みょうじの手をはなして、ちいさい頬を両手ではさんだ。光の加減で茶色く見える瞳が、俺をとらえてうるむ。心臓の音とか自分の呼吸音とか、いろんなものがうるさかった。それでも、止まれない。
 なんでこうなったんだ。きっと、ぜんぶ、暑さのせいだ。
 また汗が首を流れた。そんな感覚どうでもよくなるほど、みょうじのくちびるはあつくてやわらかかった。




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