※きたないはなし



 きもちがわるくてトイレにこもった。嘔吐したら、便器に出てきたのは緑色のものだった。一瞬自分が人間ではなくなったのかもしれないと恐ろしくなったが、なんてことはない、正体はきっとさっきのカラオケでしこたま飲んだメロンソーダだろう。というかそうでなかったらわたしは一体なんなんだ。ペーパーで口を拭ってから、鍵を開けてトイレを出た。


「大丈夫なんですか」


 長いことかかったからか、テツヤが心配そうにわたしを見上げて尋ねる。何が、と言わないあたり、彼は将来有望な紳士だと思う。火神も見習えばいいのに。こっくり頷いて「元気元気」と笑えば、彼は視線をわたしから雑誌へと戻した。わたしの部屋なんて、そう面白いものがあるわけでもないのに、どうして彼ったら、こうも頻繁に、訪れたがるのだろうか。


「なまえちゃんはいつも教えてくれませんね」


 突然だった。彼がいつもと変わらない声色で、それでも少しだけ眉根を寄せて言うものだから、わたしは面食らった。


「なにを?」
「なまえちゃんのこと」
「教えることなんてないもん」
「ボクってそんなに頼りないですか」


 さっきから、雑誌のページは全然進んでいない。つまり、そういうことだろう。理由はわからないけれど、すごく、怒ってる。じゃなければ、すごく、心配してる。あるいはその両方か。優しい彼のことだ、心配のやり場がなくて怒っているだけかもしれない。


「今日はあんまり好きじゃない人たちに誘われて断れなくてカラオケに行ったんでしょう。先週だって意識してもいないクラスすら違う男子にデートに連れ出されていやだったんでしょう。そうやって嫌なことがあるたびに吐いているんでしょう。ボクが何も知らないとでも思いましたか。なまえちゃんのそういうところは日本人としては美徳かもしれないですけど、ボクは好きじゃあありません」



 いつしか彼の済んだ瞳は、雑誌の記事ではなくわたしを映していて、射抜かれたように動けなくなる。


「ボクってそんなに、頼りないですか」


 寂しげな声だった。やかましいと思ったがそんな仔犬みたいな声で言われては何も言い返せない。男にしては長い睫毛が震えて、わたしの罪悪感を刺激する。


「好きな子もちゃんと守れないボクって一体なんなんだ」


 なんだそれ。身体のなかを満たしていたものならさっきたくさん出してきたはずなのに、あたたかいものでみちていく感じがした。



title:衛星




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