※モブが出ます



 わたしには、かわいい後輩とかわいくない後輩がいる。


「おはよーございまーす先輩、今日も化粧濃いっすねー!」
「……」


 あいさつしようと顔に張り付けた笑顔がひきつるのが自分でもわかった。ひどい発言をしたのベビーフェイスの子が二口くんで、無言で頭を下げたいかつい子が青根くん。言わずもがな、かわいいのは青根くんの方である。


「なんすか、そんなに完全武装しないとオトコ捕まえらんないんすかー? 普通学科コエー」
「うるっさいなあ出会いなんて求めてないよメイクが好きなだけっ、ついつい時間かけちゃうのっ! それにわたしは数学科ですー」
「えっうそマジ? 先輩数学とかできんの? 数学って九九とかじゃないっすよ??」


 むっかあ、と全身の産毛がたつような怒りを感じた。がまん、がまん、こんな年下の子にムキになっているようじゃあ、それこそ、メイクをした意味もない。せっかくかわいくなろうと頑張ってるんだから、中身もかわいくならなくちゃ。


「ほらもうボケッとしてないで、次の駅先輩降りるデショ」


 からかってくる二口くんを大人(っぽくみえるよう)にあしらうことに必死になりすぎて、わたしはどうやら注意が散漫になっていたらしい。背中を押されて、人の流れに呑まれて、電車を降りる。振り返って手を振ったが、果たして見えていただろうか。



***


 二口くんとは中学が一緒である。わたしはそのころバレー部のマネージャーをやっていた。ちなみに青根くんとは、二口くんづてに知り合った。後輩の仲間なんだから同じ後輩のくくりでいいや、とわたしは思っているのだが、果たして青根くんがわたしのことを先輩だと考えているのかと聞かれると、ちょっと自信がない。
 わたしの方がひとつ上、となると、当然わたしの方が先に高校に行くことになる。特に何も考えずに、数学が好きだからここにしよう、と、地元で数学科を有している高校に通うことにした。二口くんはわたしが当然高校でもバレー部のマネージャーをすると思っていたようで、さらにわたしが彼と同じバレーの強豪校である伊達工に進学するに違いないと思っていたようで、彼が伊達工に入学した直後に『なんでみょうじ先輩いないんスか!!』と電話口で叫ばれたのは苦い思い出だ。
 いろいろなことにオーバー気味なリアクションをとるわたしは彼にとっておもちゃのような存在だったらしく、周囲の人からはよく「二口はみょうじによく懐いているな」と言われたものだが事実は違う、遊ばれていたのだ。高校に入ってからは会う機会も減って憎まれ口を聞くことも少なくなったが、何がどうなったのか数か月前から通学に使う電車で会うようになり、隣に青根くんという友人を引き連れてわたしの前に現れては、昔のような減らず口を叩くようになったのだ。とうのが、前提。


 そして今、帰りの電車で、二口くんに遭遇してしまった。


「みょうじ先輩遅くないっすか? 夜遊びっすかよくひっかけてくれる奴がいましたね」
「夜遊び違うわ、クラス会。ほらこの人同じクラスの関くんだよよろしくね」
「なんでみょうじ先輩なんかと一緒にいるんすか? 何が琴線に触れたんすか?」
「毎回ひどい言いようだよね君は」


 あきれて思わず笑いが出る。関くんはというと「かっこいい子だね。中学の後輩?」と鋭い推察をかましてきたのでうなずいて紹介した。


「部活の後輩だった二口くんです。顔はかわいいけど中身とんでもないから騙されちゃだめだよ」
「ひっどーい俺こんなにみょうじ先輩だいすきなのにそんな言い方するんだ〜」


 むくれてみせる二口くんに、関くんがははっと爽やかに笑顔を返す。ずいぶん懐かれて、かわいい後輩じゃないか、かわいがってやれよ。ですって。


「ねえそれより、セキさん、なんでみょうじ先輩といるんですかって。学校遠いデショ、家遠いんじゃないすか?」
「まさか女の子をこんな遅くにひとりで帰すわけにはいかないからなあ」


 関くんおっとこまえー。と茶々を入れようとしたら、二口くんがとんでもない発言をした。


「はは、バカだなあセキさんも。みょうじ先輩には俺っていうボディガードがいるんだから心配いらないのに」
「えっ」


 あいくるしい、自分のかわいさを分かっている笑顔を浮かべながら、その目はまっすぐに関くんを見ていて、お世辞にもかわいいとは言えなかった。
 戸惑うわたし、その隣で微妙な顔をする関くん、を睨み付ける二口くん。緊迫した空気の流れる三人の頭上を、アナウンスがすべってゆく。


「みょうじ先輩と俺ここで降りるんでー、そんじゃ失礼しまーす」
「あ、ちょっと二口くんっ、」


 こうこうと蛍光灯のまぶしいホームに二口くんがわたしの右腕を強くつかんでいざなう。物理的に逆らうこともできず、関くんをしきりに振り返って、ごめんなさいを何回も繰り返すことしかできなかった。




「どうしてこんなことしたの」


 なり続けるラインの通知をすべて処理しながら二口くんをなじる。そう、二口くんが言い当てたように関くんのおうちはわたしと真反対のほうにあるのだ。それなのに送ってくれると言ったのだ。交通費もそうだけど、そうまでしてくれた彼のやさしさを踏みにじってしまったようで、涙がにじむ。


「俺みょうじ先輩が数学科にいるなんて聞いてない」
「はあ?」
「理系だったのかよ。オトコたくさんいんじゃん」
「それがどう、」


 ついに関くんからラインで電話がきたので画面をタップして通話状態にしたのに、二口くんがわたしの両手首をつかんではなしてくれなかった。スマホから、関くんの声がする。


「どうしてってきいたのは先輩なんだから俺の話聞いてよ」
「でも電話が」
「オトコとふたりでいたから焦ったって言ってんの!」


 二口くんの大声は、ホームにも、ついでに通話中の関くんの耳にも響いた。時間帯が遅いこともあって、周りにあまり人がいなかったのは不幸中の幸いだろう。


「みょうじ先輩どんどん大人みたいになってくし俺の隣にいてくれないし試合の応援だって来てくれない、あげくオトコ連れて夜中にふたりっきりだあ!? 何年アピってると思ってんだよこのニブチン気付けよいい加減!」
「なっ、なっ、しーっ二口くんしーっ!」


 ボリュームを落とすどころかどんどん上げていく二口くんのおくちを、つかまれたままの両手で無理やりふさぐ。ようやく自分の行動に気付いたようで、彼はぶわあっと顔を赤くした。気付けば通話は切れていた。


「お、落ち着いてよ二口くん、とりあえず関くんとはなんにもないし、ただのクラスメイトだし、送ってもらってただけで」
「先輩それマジで言ってんスかほんとにニブチンですねあーあー救いようがねえや」


 声量は抑えてくれたものの激しい口調は変わらないままだった。その勢いに押されて少しのけぞる。


「先輩ったらほんとにアイツが親切だけで送ってくれたと思ってんの。人間ってそんなにやさしくないし、現に俺は下心丸出しで先輩引っ張ってきたんだけど」


 少し怖くなって視線を落として、右手のスマホが目に入った、ラインの通知がきてて、『彼氏いたなら言えよな、期待させんなよ』と書かれてて、そうっと二口くんを見上げた。さっき関くんをにらんでいたのとは違う、まっすぐだけど熱い目をしていて、二口くんのせいでとけてしまうならいいかも、なんて思ったりした。




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