べたべたしたい。相手は誰でも構わないので、べたべたしたい。こんな言い方をするとクソビッチだと思われてしまいそうだがそうではない、ただひっついていたいだけなのだ、キスだのその先のことだのは一切求めていない。


「それを僕に言ってどうしたいの」
「べたべたしたいの」


 わたしの目の前で呆れたようにメガネのブリッジを押し上げるイケメン月島くんは、眉間に皺を寄せてわたしを見下すように目を細めた。


「そんなこと言ってる暇があるならそのプリント片付ければ。僕がなんのために君の課題なんかに付き合ってあげてると思ってるの」
「ケーキバイキ、んぐう」


 素直に答えようとしたら片手で顔をつかまれた。頬をぎゅうと押されて、少し爪が食い込んで痛い。ごめんなさい、と変顔のまま謝ると、存外すぐに解放してくれた。そう、男一人でケーキバイキングには行きにくいからわたしを捕まえに来たのだ、こいつは。そのわたしが課題であたふたしているから待っているというだけなのだ、こいつは。やまぐっちゃんはどうしたん、と尋ねたら、不機嫌そうに、他のとこで自主練すんだって、と教えてくれた。君はやらんでいいのかね、自主練。そんなこと、部外者に口なぞ出されたくないだろうから、言わなかったけど。


「月島さあ、彼女いないんだね」
「何だよ藪から棒に」
「だってそんなかわいいイベントにわたし誘うとか彼女いません宣言っしょ」


 プリントから顔を上げてにっと笑ってやる。不快そうな表情だ、ああ愉快愉快。「君もホイホイついてくるなんて、彼氏いないんだろ?」まあ仰るとおりですけれども。



***



 月島くんはたいそう不機嫌だった。ひとが折角厚意でついてきてやったというのに、どうしてそんな態度を取られなければならないのか。


「君が甘いもの嫌いだったなんて聞いてないんですケド」
「言ってないからそりゃそうでしょうよ」


 そう、何を隠そうわたしはケーキなんて好きではないのだ。甘いものよりしょっぱいものや辛いもの派、である。ケーキよりポテチ、饅頭より煎餅。そんなわたしをケーキバイキングに連れてきてしまったということで柄にも無く罪悪感を感じているのだそうです、月島くんは。


「甘くないのもあったしさっぱりしたフルーツ系ならそこそこいけるし。雰囲気は嫌いじゃなかったし楽しかったんだからそれでいいじゃない」
「知っていれば僕も無理を言わなかった」
「ついてきたのはわたしなんだから月島くん悪くないじゃん」
「そうだよ悪いのは君だ。嫌いなら嫌いだと言ってくれればよかったんだ」
「甘いのは嫌いでも好きでついてきたんだからいいじゃないっつってんの!」


 うだうだうだうだうるさいやつだ。わたしがいいと言っているんだからおとなしく笑顔でありがとうのひとつでも言えばいいものを。それでも頑として譲らない月島くんに、わたしはそろそろ堪忍袋が丸ごと爆発しそうである。


「嫌いなもののためにお金を払わせたなんて心底寝覚めが悪い、頼むから奢らせろって言っても君はそれを受け取らない。君はそんなに僕を悪人にしたいのかっ」
「っだあもう終わったことをぐちぐちと! 月島くんがそんなに女々しいなんて知らなかったわちくしょう! 誘われて悪い気しなかったからついていったの、月島くんとなら嫌いなモンのバイキングでも平気だっつってんの、あんただからついてったの、それなのに、ほんっとに、ねちねちうるさい!」


 言い切ったあとで、珍しくきょとん顔を披露している月島くんを見て、ようやく、あ、わたし、言っちゃったんだ、と気付いたのだ。それからわたしたちが烏野で有名なケンカップルになるまでに、そう時間は要らなかったのである。




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