一日目


 席替えをした。仁王くんの隣の席になった。仁王くんについて私はよく知らない。テニス部だってことしか知らない。それなのに告白されてしまった。驚きだ。でも彼はかっこよくて人気者で、女の子たちを敵に回したくないので丁重にお断りした。


「俺は諦めん。好きなんじゃ」


 いたたまれなくなって教室から逃げた。追ってこられないように女子トイレに逃げた。ごはん食べた後でよかった、のこりのお昼休みはスマホと仲良くしとこっと。便座のフタを閉めて、その上をペーパーで念入りに拭いてから座った。仁王くんから個人でラインがきててびっくりした。見なかったことにした。



二日目


 仁王くんはほんとうに諦めていないらしかった。私と仁王くんの選択科目はけっこうちがう。だから授業中に一緒になることは少ない。それなのに仁王くんは、隙あらば私の隣にやってくる。おかげで友達がヘンに勘繰って、私を避けてしまうようになった。言い方を選ばないとしたら、仁王くんのせいで私はぼっちになってしまったのだ。そんな仁王くんに、どうして惚れようというのか。


「どうして付きまとうの」
「好きじゃから」


 だめだこいつお話になんねえや、と思った。



三日目


 いったいいつ、仁王くんのファンに闇討ちされるのか。ひやひやしながら登校するのにもちょっとなれてしまった。仁王くんのせいだ。


「仁王が、ねえ」


 生徒会で一緒におしごとをする柳くんに愚痴ったら、面白そうに笑うだけで終わらされた。柳くんはいじわるだ。私がこんなに困っているのに、ちっとも分かってくれない。


「そもそもお前は本当にいやがっているのか?」
「だって私仁王くんのせいで昨日べんじょめししたんだよ?」
「便所飯が嫌なら仁王と一緒に食べればいい」


 柳くんはちっとも分かってくれない。



四日目


 昨日おうちに帰ってお風呂に入ってご飯を食べてとってあったドラマを見て歯磨きして寝て、目覚ましを止めて体を起こしてみると、昨日柳くんが言っていたことが実はとっても正しいんじゃないか、という気がしてきた。トイレでご飯がつらいなら、仁王くんと食べればいい。頭の中で唱えなおしてみると、もうそれ以外に方法がないように思えてくる。だからスマホを手にとってラインの通知をオンにして、仁王くんから来ていたメッセージを無視してあたらしくメッセージを送信した。


『きょう、おひる一緒に食べよ』


 光の速さで返事がきた。ちょっとこわい。



五日目


 昨日から仁王くんと一緒にお昼を食べるようになった。それまで一緒に食べていた友達は、とおまきーにこっちをにやにや眺めている。ちがうんだったら、と叫んでまわりたくなるのを必死にがまんした。


「それ、手作りなんか」


 仁王くんが私のお弁当を指差してきいた。うん、というと、仁王くんは「ちょっとちょーだい」と言って口を開けた。私の口もあいた。意味わかんないんだけど。


「あーんして」
「なんでよ。自分でたべて」


 いらっとして仁王くんの右手にお箸を握らせた。仁王くんはむすっとしてお箸を左に持ち替えて、私のお弁当からミートボールをいっこ、さらっていった。仁王くん、左利きなんだ。知らなかった。



六日目


 仁王くんが私に告白したのが月曜日で、今日は土曜日だ。平日がいつもより長く感じたなあ。なんの部活にも入っていない私は、土日はとてもゆっくり起きる。時計が十時だよっていってるけど気にしない。だって今日は土曜日だもの。ゆっくり起きてゆっくりご飯食べてゆっくりすごすのだ。今日は何をしようかな。両親はお仕事に出かけて、私しかいないおうちで、トーストに目玉焼きをのせたやつをもそもそ食べた。半熟にするととてもおいしいけど、いつも黄身が指につくからむずかしいところ。


 スマホがぶぶ、とふるえた。お皿を片付けているとちゅうだったので、「ちょっとまって」とひとりごとを言って、手をタオルであわてて拭いて、スマホをつかんだ。電話だった。柳くんだ。


「もしもし」
『俺だ』
「どうしたの、何かあったの」
『仁王がさびしがっている。今日は無理にしても、明日会ってやってくれ』
「ええっどうしてよ」
『これがいつまでも続いたら使い物にならん。お前にしか解決できない問題だ、頼んだぞ』
「そんな、柳くんっ」


 切られた。



七日目


 会ってやってくれ、といったって。昨日そもそも私と仁王くんはひとっこともしゃべっていない。柳くんが電話を変わってやれば解決したんじゃないだろうか。なあにが、お前にしか解決できない、だ、柳くんのばか。
 仁王くんがきらいってわけじゃない。最初のころに感じた、仁王くんのファンが怖い、っていうのももちろんある。でもそれ以上に、こういうことに私自身、耐性がないのだ。男の子と付き合うとか付き合わないとかの前に、告白したとかされたとか、そんな経験がそもそもない。先週の仁王くんのあの告白が私の人生ではじめての(っていうとちょっと、語弊がある。そりゃ幼稚園のころとかは、けっこんしようねとか言い合った子もいたけど、それはノーカン)恋愛がらみの経験なのだ。好きだのきらいだの以前の問題だ。


『なまえ』
『会いたい』
『学校のとこのコンビニ来て』


 ラインきてた。仁王くんから。スマホを持つ手がふるえた。そのままおぼつかない指で、「わかった」と送った。既読がついたけど、返信はなかった。


 仁王くんが、テニス部の黄色いジャージを着てコンビニの前にいた。私は友達と出かけるときのような私服だったので、ちぐはぐな感じがしていごこちわるかった。仁王くんは私を見つけるやいなや、いつもみたいに隣にきた。


「さびしかった」
「そうらしいね。柳くんから電話きたよ」
「参謀から? なんて」
「仁王くんが使い物になんないから会ってやれって」


 そのまんま伝えると、仁王くんは、ちょっとくちびるをとがらして、「あの野郎」と言った。


「そんなにさびしかったの?」
「お前さんの隣になってから、お前さんが近くにいるのが当たり前みたいになってしもうた。前は見てるだけでよかったんに、厄介じゃ」


 うーん、それを素直に言っちゃう仁王くんの方が厄介な気がするなあ。熱くなった頬に両手をあてた。仁王くんが私の頬を、私の手の上からつつんだ。


「好きじゃ、わりとどうしようもないくらい」
「に、仁王くん」


 両手をひっこぬいて、仁王くんの手をはがそうとした。そしたら両手をにぎられた。仁王くんつよい。


「わ、わかったよ、わかったから」
「え」


 仁王くんの両手の力がゆるんだ。そのすきに仁王くんの両手をにぎる。目を丸くしている仁王くんに、ゆっくり言う。


「仁王くんが私のこと好きでいてくれてるの、すっごくわかったよ。私、どうしたらいい?」
「どうって」
「私がどうしたら仁王くん満足させてあげられるのか、わかんない」


 この一週間で私がわかったことといえば、仁王くんがわりと私を好きなことと、私もそんなに仁王くんをきらいじゃないということだ。分かりすぎて、かえって肝が据わったようなかんじ。でも、どうしてほしい、っていうの、私はまだきいてない。


「・・・・・・お前さん、見かけによらず、酷なこと言うのお」
「だって」


 説き伏せようと思ってひらいた口を、口でふさがれた。びっくりしてだまったら、すぐ口ははなれてった。仁王くんは一回みじかく息を吐くと、私の手をにぎりかえした。


「なまえ、好きじゃ、付き合って、ください」


 最後のほうが標準語になってて、笑ってしまった。仁王くんの顔、まっか。でも多分、私も負けないくらい、まっかだ。




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