「ばかだね、ほんと」


 呆れたように笑いながら、しかし本気でばかだとは思っていない様子で、彼はわたしの頭をゆっくり撫でた。わたしはそれでも安心出来ず、彼の腕にしがみついたままでいる。


「怖いなら見なければいいだけの話じゃないか」
「そうは言ったって、君、好奇心というものがあってだな」
「それで怖くて、俺が風呂出るの待ってたんだろ? 十分ばかだ」


 はは、とおかしそうに笑う彼。一層強くしがみつく。


「高三にもなって、恐怖映像もまともに見られないなんて」
「ひどい! 旭はわかってくれるのに」


 顔を両手で覆って泣き真似をすれば、彼の大きなてのひらがわたしの手をどかした。不満げな表情の彼と至近距離でご対面した。


「スガさん怖い顔」
「なんでひげちょこ」
「ね、前から思ってたけど、その呼び方どうなの」
「ひげでへなちょこなんだから別にいいだろ、それよりお前こそその呼び方どうなの」


 ふてくされたようだ。もしかしなくても、もしかしなくても、そうかもしんない。


「どしたのスガさん」
「だから、それ」
「何をいまさら。ずーっとこれで通してきたじゃありませんか」
「旭は旭なのに?」
「アズマネって呼ぶよりアサヒって呼ぶほうが労力少ない」
「スガサンの方がコウシより文字数多い」
「敬称は労力感じないからセーフ」


 しょうもないことこの上ない。素直に言えば、素直に応えないこともないのに。「そうやってずっと意地悪するなら、俺だって考えがあるんだぞ、もう今日はひとりで寝たらいい」だなんて、そうやってふいっとそっぽを向いてしまうなんて、あまりにもいとしくて、恐怖映像で見た鬼の形相の女なんて頭から飛んでいってしまったよ。


「ね、ね、ごめんってば、孝支、うそだから意地悪しないで」


 それでもこうやって甘えるのは定石というもの。コウシ、コウシと呼ぶたびに彼がちょっとだけ、嬉しそうにするのが嬉しくて、何度も呼んでしまううちに恐怖映像の番組は終わってしまった。




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