※帝光 


 瞳に惚れた。くさいセリフに聞こえるだろうか。しかし真実なのだからそれ以外に言い様がない。彼のきれいな、凪いだ海のような瞳に、惚れたのだ。
 うつくしいと思った。下品な騒ぎ声の溢れかえる教室で、ひどい人ごみの気持ち悪くなりそうな朝の体育館で、あるいは、声援の中、汗にまみれ真剣な選手たちがボールを追って駆け回るコートの上で。周りのすべてを受け止めるように、静かな彼の瞳は、わたしが今まで見たものの中で一番うつくしいと思った。そんな彼が愛するバスケだ、よくわからないけれどきっと素晴らしいものに違いない。一度だけ見たことがある。是非応援に来て欲しいと珍しく誘われた。それまで知らなかった彼をそこで見た。教室での物静かな彼からは想像もできないような激しいスポーツを、改めて惚れ直すほど真剣な表情で、やっている。
 かっこよかったよ。
 試合を終えてミーティングも終えてもう日が暮れるという頃、市民体育館の前のバス停で、彼にそう言った。彼はその静かな瞳にかすかに喜びのようにも見える色をにじませて、ありがとうございます、と言った。暗闇が夕焼けを塗りつぶそうとする空が美しかった。


「ボクはもう、バスケを愛せない」


 そんな彼が、泣きそうな顔で吐き出した言葉がこれだ。わたしを抱きしめて肩に顔をうずめて、弱音をぽつりぽつりとこぼし始めた。好きで始めたはずのバスケなのに。同じバスケを愛する仲間だから愛すべき仲間であるというのに。どんどん変わっていく。仲間も、自分も。唯一変わっていないはずのバスケを、いつしか楽しめなくなっていた。どうして。どうして。どうして……こんなに、好きなのに。
 静かな瞳はやはり凪いだ海のように穏やかで、その中に熱すぎるバスケへの愛と仲間、自分への絶望と悲しみとあまりにも詰め込まれすぎているのがわかってしまって、わたしも悲しくなった。泣かないで。泣かないで、黒子くん、泣かないで。その瞳から涙がこぼれていなくとも。わたしにはわかる。泣いているでしょう、君は。その静かな海がゆらゆら揺れて、悲しくてたまらないのでしょう。震える彼の身体を包み込むように抱きしめて、それからわたしはささやいた。


「それで死ぬわけじゃあないでしょう」
「……はい」
「死ぬまでそうというわけでもないでしょう」
「はい、……はい」
「君が愛したバスケなら、またきっと愛せるよ」


 黙って泣いていた彼の瞳は、死にたくなるほど美しかった。




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