* novel | ナノ
「きゃーッカンナ様ー! 今日も素敵ですぅーっ」

(……、あほらし)

 食堂に現れた人影を称えるようほとんどの男が立ち上がりカンナ様カンナ様と次々に口にする。それを蒼衣はうわべだけでしかない女の賛美のようなものだと例え、女嫌いが男しかいないこの学園で更に拍車を掛ける。腹の奥底でこらえてはいるが吐いてしまいそうな体調不良が脳裏で警報を鳴らす

ここにいてはいけないと。
 それでも腰が引けて立てない。足が言うことを聞かない。蒼衣はそのジレンマに緩やかな眉のカーブを寄せ透明なコップに注がれる水に口を付け喉を潤すにはもう遅い。彼らが賞賛するには「会長とは名ばかりの偉大なる神様」らしい等身大で素晴らしい容姿を持つ男が人混みを避けてこちらの方まで足を運んでいるからだ

「……アオイ」

 ああああ。気持ち悪い。今この場で吐いてしまったらどれほどすっきりするであろうか。それでも一般的なマナーくらい心得ていて、元来お人好しな性格が邪魔してままならないことが歯痒い。瞳の奥底に燃える嫉妬の炎と色情を孕んだ声が自分の名前を呼ぶだけでおぞましい。ぐらついた視界を頼りに意識を途切れさせた

** *

「アオイ、アオイ、アオイ。起きろよ、なぁ」

 聞き覚えのある声色に起こされた。瞼を持ち上げると飛び込んだ白の世界に目が眩む
海外のソレであろう彫りの深い表情を情けなく歪める神流に眉間に皺を寄せるだけでなにも告げずに終えておいた。あの大群が苦手なだけでこの男自体を嫌っているわけではないがあからさまな情欲にやはりまだ吐き気を催す。ひゅっと息を飲む音が直接的に耳に流れる。しかしそんなことを悟られないようなるべく単調で柔らかな声を出し切り会長を呼ぶ

「これはまた偉大な会長様じゃないですか。もしかして俺をここに運んだのはあなたですか、俺はそれなりにあなたに感謝しなければいけないみたいですね」
「感謝なんざいらねえよ。どうせくれるんならお前の心がいい」

 とん、と神流の指先が蒼衣の胸元を触れる。実際ほかの輩は会長がこんな風に目尻をとろけさせ甘い熱量を持った言葉を吐くだけでも昇天するんだろうが、あいにくそんな性癖は持ち合わせていないため不機嫌真っ只中だ

「アオ、イ。てめえのためなら抱かれるしなんだってするって言ってんだろ……?」

 興奮を帯び顔を赤らめた神流になんど誘惑されただろうか。彼のお陰で覚えた逃げろという宣告はなんの役にも立たず勝ち負けなど最初から無かったに等しいこの戦争で密かに蒼衣は敗北を味うが、
 噛みつくように唇を奪う神流の頭を鷲掴み舌を突っ込んで鼻から抜けるような神流の吐息を呑み込みながらバッドエンドストーリーを楽しむのは、蒼衣の方だった


神と名前のついた君のその誰よりも人間らしい心臓について
(やられたらやり返すのが道理なら、)



title by:情事
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テーマ「人外ファンタジー」
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