溺れる



まあ真波くんが時間通り来るわけがないことくらいはわかってたけど、連絡くらいはいれてほしいと思う。

今日は所謂デートってやつで、私は昨日からわくわくして中々寝れないくらいには楽しみにしていた。

真波くんが時間にルーズなことは承知していたつもりだったが、まさか待ち合わせ場所で3時間待ちぼうけになろうとは思わなかった。1時間半待ったところで私は真波くんに連絡をしたのだが、返事は一向に来る気配は無くて。そしてまた1時間半が経ち計3時間、今に至る。

我ながら健気だと思う。多分普通の女の子なら怒って帰ってるんじゃないかな。

「ばかだな、私」

絶対に真波くんは来てくれる。何故かそんな確信があった。
根拠の無い確信だけで彼を待っているなんて何処ぞのハチ公だろうか。

溺れてるんだ、彼に。

ふわふわ飛んで行きそうな彼を繋ぎ留めたくて足掻く私はさぞかし間抜けなことだろう。
繋ぎ留めたいのに溺れてる。

不思議と涙は出なかった。例え真波くんが来なくても、この関係でいられるだけで幸せだと思えた辺り末期だと思った。

携帯が震える。着信を知らせていた。表示される名前は【真波山岳】。慌てて通話ボタンを押した。

「も、しもし?」

『もしもしなまえ?ごめん、俺携帯見てなくて…』

わかってるよ。真波くんはきっと坂を登りに行ってたんだよね。
そしてきっとあの素敵な笑顔で笑ってたんだろうな。

「大丈夫だよ、坂でしょ?」

「『ふふ、坂だと思う?』」

重なって聞こえる声。
あれ?もしかして。

「もしかして真波くん、」

「『まだ振り返らないで?目、瞑って待ってて』」

大人しく目を瞑って待っていれば、唇に柔らかい感触。それと同時に指に冷たい感触。

「はい、目、開けて?」

目を開ければ待ちわびた彼の姿。
見たかった彼の笑顔。それと、薬指に光る指輪。

「ま、なみくん…っ」

「今は右手だけど、これは左手への予約ってことで」

ばか、そんなことされたら私は期待しちゃうよ。これからも真波くんといれるのかなって、期待しちゃうよ。

「連絡できなくてごめんね?急に補習で呼び出されて携帯も取り上げられちゃって…。」

「それでなんで急に指輪なんて、」

「今日記念日でしょ?」

「…!」

覚えてて、くれたんだ。
そんなこと興味無さそうなのに…。

「あ、俺が忘れてると思ったでしょ?大好きななまえとの記念日だもん、ちゃんと覚えてるよ」

「真波くん〜っ」

泣きそうな顔を隠したくて彼に抱きつくと、彼は優しく受け止めて頭を撫でてくれた。

「ちゃんと待っててくれてありがと。なまえなら絶対待っててくれるって思ったから、補習終わったら真っ直ぐここに来たんだ」

「私も、っ、真波くんなら絶対来てくれるって…思って、待ってた」

「えへへ、俺たち以心伝心ってやつだね」

嬉しそうに笑うと真波くんは話し出す。

「補習受けてる間もずっと俺なまえのことばっかり考えててさ」
「あ、これ、俺なまえに溺れてるんだなーって思って」
「でもなまえに溺れるなら幸せだなって思ってた」

そう言ってまた笑う真波くん。
なんだ、真波くんも私と同じなんじゃないか。

このまま2人でどろどろと溺れて行くのも悪くないかな、なんて考えたりして。

「私も、真波くんに溺れるなら幸せだなって考えてた」
「でも真波くんはふわふわ飛んで行きそうだから少し不安だな」

そう私が言えば真波くんは驚いたように目を見開いて、それからにっこり笑った。

「俺が飛んで行くならその時は」
「なまえも一緒に連れて行ってあげる」
「俺たちは以心伝心ってやつだから」
「きっと一緒に飛んで行けるよ」

それもそうか、なんて納得してしまうのは真波くんだからだろうな。
でも真波くんとなら本当に飛んで行けそうな気がして、少し楽しくなってちょっと笑った。





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