ぼろぼろ
「なまえ先輩、さっき先生が呼んでましたよぉ」
「なんか体育館倉庫に来てくれって言ってましたぁ」
「そっか、わかった。ありがとう」
顔も知らない後輩にいきなり話しかけられたかと思えば先生からの呼び出しだった。
なんだかあまりいい予感はしないが、思い当たる節は無い。
強いていうなら私が尽八の彼女だということだろう。
疑ってばかりでも良くないので、一応体育館倉庫へ向かう。本当に先生の用事だったら申し訳ないからね。
体育館倉庫に着いても先生はいなくて。まだ来ていないだけなのか、それとも。
ガラ、と扉が開く。入ってきたのは先生ではなくて。ああ、やっぱりか、と自嘲気味に笑う。
「何笑ってんだよお前」
顔見知り程度にしか知らない同級生に怒られるというのは大変気分が悪いもので、しかも大勢ときたもんだ。なんなんだ、さっきの後輩ちゃんは伝言役か。私の豆腐メンタルは悲鳴を上げる。
だけど、絶対に泣いてなんかやらないんだ。
「別に貴女方に対して笑ってたわけじゃありませんからお気になさらず」
「じゃあ何?1人で笑ってたのー?気持ち悪っ!!」
「なんでお前みたいな奴が東堂くんと付き合ってんだよッ!」
確かに私は特別可愛いわけでもなければ特別スタイルが良いとかいったわけでもない。勉強ができるのかと言われれば答えは否だ。もちろん運動音痴で絵に描いたようなダメ子なのである。
どうしてこんな私と尽八が付き合っているのか、私もいささか疑問に思っているのだ。
だけど私が尽八を好きなのは事実だし、尽八もそれに応えてくれているのも事実だ。そもそも、
「告白してきたのは、尽八です」
あ、口に出してしまった。
途端に取り囲まれ浴びせられる暴言。
繋がっている私の涙腺は次第に緩んでいく。駄目だ、泣くな。
「死ねよ、ブス!」
「東堂くんと別れろ!」
「どうせお前が付きまとってんだろ!」
「告白されたとか嘘付いてんじゃねえよ!」
「お前がいると東堂くんは迷惑なんだよ!」
平手打ちが頬にクリーンヒットする。続いて突き飛ばされた。か弱そうなのに意外と力あるんだな。
倒れ込む私に容赦なく蹴りを入れる彼女達は、キックボクシングでも始めればいいんじゃないかと思った。
「なんなんだよお前!何とか言えよ!!」
「東堂くんと別れます、って言えよ!」
「別れますって言うならやめてやるよ」
それでも何も言わずに抵抗しない私に腹が立ったのか、彼女達の中の1人が倉庫内を漁って色々と物を持ち出してくる。
野球部のバットを初めとして、陸上部の砲丸なんかまで出してきた。いいのか、勝手に出したりして。
「ほら、これで殴られたくなかったら言えよ」
「東堂くんと別れます、は?」
馬鹿にするな。私の気持ちは、暴力なんかで揺らぐような軽い気持ちじゃないんだ。
何も言わずに彼女達を睨みつける。怖いし、痛いし、泣きそうだけど、この気持ちだけは絶対に譲りたくなかった。
「睨んでんじゃねぇよ!」
「何様のつもりだよ!」
「よっぽど殴られたいんだな!」
最早私にとって凶器と化した部活の道具達に次々と殴られる。痛くて、声も出なかった。
止まない暴言と暴力の片隅で、尽八のことを思い出しながら私の意識は遠のいていった。
目を覚ませば窓の外から夕日が差し込んでいて、彼女達は既に居なくなっていた。そろそろ尽八の部活が終わる頃だろうか。そういえば一緒に帰ろうと言われていたような気がする。こんな状態じゃ帰れないから連絡しなくては、と思いポケットを漁るが、携帯は無い。しまった、教室に忘れてきてしまった。
取りに行こうにも痛くて身体は動かない。誰か、来てくれないかな。
ガラ、と見計らったように扉が開く。
誰だろう。彼女達で無ければもう誰でもいい、助けて。
「…ッ…はぁ…なまえ……ッ!」
「じ、ん…ぱち…」
入ってきたのは、待ち侘びた大好きな人。
部活が終わってすぐ来てくれたのだろうか、息は荒くて、汗でびしょびしょで、ユニフォームのままだった。
「荒北に…聞いた…お前が、体育館倉庫に、行ったの……見て、しばらく帰って来ていない、と……」
尽八はよろよろと私に近付いて、倒れたまま動かない私をふわりと優しく抱きしめる。
「すまん、すまん、なまえ…ッ…!」
ぽろぽろと尽八は涙を零しながら、何度も私に謝って。
いいよ、大丈夫だよ、泣かないで、なんて言いながら私も泣いた。
「痛かっただろう、怖かっただろう…!俺がもっと早く気付いていれば…!」
「違うよ、尽八の所為じゃないよ。私がもっと尽八に釣り合う女の子なら良かっただけで…」
「何故そんなことを言うのだ…!俺は、俺はッ!このままのなまえが大好きなのにッ…何故!」
尽八の涙が私の顔にぽたぽたと落ちて、私の涙と混ざり合う。暖かいな、尽八の涙は。
「こんな…怪我…させて……ッ…大事な、身体なのに…!!!」
早く、病院に行かねばならんな、と言って尽八は私を抱き上げる。すごく痛かったけど、尽八の腕の中にいたかったから身を任せた。
病院に運ばれて、手当てを受け終わると、外はもう真っ暗だった。手当てをしている間尽八は泣きながら待っていて。私の手当てが終わるとまた泣いた。
「私ね」
「む…?」
「意識を失う前に尽八のこと思い出したの。みんなに別れろって言われて殴られても、暴力なんかに負けるような気持ちじゃないんだって、証明したかったんだ。」
尽八のこと想ったら、負けるもんかって思って耐えられたんだ、って言ったら尽八は更に泣いた。
「お前は…本当に……愛おしいヤツだな…ッ」
ぐしゃぐしゃになって泣く尽八は女の子よりも泣き虫なんじゃないかって思える。
こんな尽八を見れるのは多分、私だけ。
そう思えば、どんな痛みだってもう怖くないって思えた。
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