柔軟剤




触れてみたいな、と思った。
それが始まりだった。

それまではただのクラスメイトで、他愛もない会話をする程度の仲だった。
でも話しているとき目についた彼の唇に私は目を奪われて、気付いたら目で追ってしまっていた。

ああ、すごく気になる。柔らかそうだな。

残念なことに私の今の席は彼の斜め後ろといったポジションで、頬杖を付く彼の唇はここからはよく見えない。
たまにプリントを後ろに回すときにちらっと見えるだけ。

もっと、もっと、こっち向いて。

すると突然彼は振り向いてこちらを見た。
あれ、テレパシー?

そんな私と目を合わせると彼は少し微笑んで、また前を向いた。
なんだったんだ。

それから授業の間、彼は振り返ることは無くて、少し残念な私がいることに驚いた。

「みょうじさん」

授業も終わり、声をかけられて振り向けば、今考えていた彼がいて。私の目がいくのはやっぱりその唇で。

「なに、新開くん」

「触ってみる?」

「えっ」

驚いた。新開くんはエスパーか何かなのだろうか。

「みょうじさんずっと見てたでしょ、俺の唇」

「バレてた?ごめんね」

なんだ、バレてたのか。
そう思ったら途端に自分は何をしていたんだと頭が冷静になって、同時に恥ずかしさが込み上げる。これじゃあまるで変態だ。

「バレバレだよ。最近みょうじさん、俺が見る度に目が合うんだもん。しかも話しかけると唇ばっかり見てるし。ちょっと妬けるな」

顔が熱くなる。否定したくても事実を言われている以上否定できない。

「でもそれはね!新開くんの唇が柔らかそうだからいけないんだよ!気になるじゃんか!」

羞恥に耐えきれなくなった私が紡ぎ出した言葉はなんとも幼稚で。挙げ句の果てに彼の所為にする始末。

「唇だけじゃなくて、俺のことも気にしてほしいんだけどね。」

彼は小さく何かを呟いたが、私にはよく聞こえなくて。

「ん?なに?」

「何でもないよ。はい、そんなに気になるなら触っていいよ?」

ん、と唇を突き出される。そこで何故目を閉じるのか。これじゃあまるで…まるでキス待ち顔だ。

私はなるべくそれを意識しないようにして、彼の唇に手を伸ばす。

ふに。

指先で彼の唇を押せば、予想よりも柔らかくて、ぷるぷるしてて…そう、例えるならグミみたいな。

これはクセになりそうだ。

ふに、ふに。

「柔らかいね新開くん。柔軟剤なに使ってるの?」

やはり私の頭はどこか弱いのかもしれない。
堪えきれなくて吹き出した彼に、「そんなみょうじさんも好きだよ」なんて言われて私の頭はもうオーバーヒートしそうだ。

悔しかったから、「唇だけじゃなくて新開くんが好きだよ」って返してあげたら、彼は一瞬驚いてからにっこり笑って私の唇を奪っていった。指先でつつくよりも柔らかかった。

あ、これ、クセになりそう。





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