人形 ※ゲーム設定>アニメ設定 「俺はね、皆に笑っていてほしいんです」 そう、笑って何回も鬼道に語りかけた。 戦友以上の関係になってからよく将来の話をした。財閥を継ぐかどうか等、難しい話も沢山聞いたし、佐久間は夢物語のような話を鬼道に聞かせた。 ただ、最後に佐久間は必ず言うのだ。 皆が笑っていられるのなら、なんだっていい、と。 それは間違いなく本心だった。 それに、そう言えば鬼道は佐久間の頭を撫でて、普段は見せないような顔で笑うのだ。自分の中の限りなく大きな独占欲は、一瞬のことで埋まる。それでも構わなかった。 鬼道が自分の隣にいて、帝国のメンバーとサッカーが出来るのなら。 たとえ、敗北しても。 神が地上に堕ちてきた。 人間は神に敵わない。 断罪の時だ、と美の女神を扮した少年は言った。 「君の、その穢らわしい感情が罪なんだよ」 人を好きでいることが穢らわしいというのか。男が男を好きで何が悪い。 そう反論する間もなく、佐久間は意識を失った。 次に目が覚めた時、隣にいたのは王の座を奪われた男だけだった。辺りを見回しても、どこにも鬼道はいない。 源田に一言、少し出てくると言って、許される限り病院の中を探し回った。 いない。 「鬼道は、雷門に転校したよ…仇を打つって言ってな」 戻ってきた佐久間に源田は覇気をなくした顔を向け、そう告げた。 不敗伝説を持つ帝国は、呆気なく壊れる。 だがそれは阻止しなければならない。 鬼道はそれを望んでなどいない。皆をもう一度、勝たせたい。 その思いだけで、崩れ落ちそうな体を必死に保つ。 ふ、と。 会話を思い出した。鬼道と夢を語った時。自分はどう言ったか。 『皆に笑っていてほしいだけなんです』 だが、佐久間は『皆』の中に自分が入っている事に気づいてしまった。 口元が歪む。歪な笑顔になったのかもしれない。 でも、笑ってほしい。 鬼道はどうしていたのだろう。分からない。 「…源田、もう一回、来年があるじゃないか。頑張ろう。来年こそは、頑張ろう」 「…さくま」 「大丈夫。任せて、なんて言えないが、人一倍頑張れる自信はある。俺らは這い上がれる」 「……そうだな。また、来年。二人で頑張ろう、佐久間」 「あぁ!」 やっと、源田が笑った。 それが嬉しかった。 日が経ち、予定日よりもかなり早めに退院した二人は現状に絶句した。 何度も罵られ、汚い言葉を投げ捨てられた。 中には気を使って色々と話しかけてくれる人もいたが、それすら二人の精神を蝕んだ。 帝国を統率していたのが誰かということを嫌という程知らされた。 不登校になってやろうか、と真剣に考えたことがある。 それでも二人は登校した。 サッカーをするために。 「今日の練習はここまで!各自アップしてから帰宅するように」 張り上げた声に、返事が帰ってくるのは1軍のメンバーと2軍のメンバー数名。1軍のメンバーは数少ない理解者だが、2軍のメンバーは1軍になりたいがために返事をしている者が殆どだ。 (どうして俺じゃ、駄目なんだろう…) どう足掻いても鬼道のようにはなれないと分かっていた。 彼は別の世界を走る選手なのだと。 フィールドに立つ選手は1人。他は奴隷のようなものだ、選手ではない。 そんな感覚がする。してしまう。 それでも隣に佐久間を置いてくれたのだ。 (世界は違っても…………なんて……、) お世辞にも今の佐久間の精神状態はいいとはいえない。源田もまた然り。 なのに普段通りに見えるのは、仮面を被り続けているから。 『佐久間、大丈夫か?お前は無理をするから…』 メールですら、本音を告げれない。 綺麗な自分を見ていてほしかった。 それから2日後、佐久間と源田は愛媛に向かった。 影山の情報を掴んだのもあるが、もう何もかも限界だった。 薄暗い街で聞き込みを行い、どうにか埠頭が怪しいことだけはわかった。 しかし疲弊しきった体で嗅ぎ回っていても捕まるだけ。 「これさえあれば、強くなれる」 囁かれたのは悪魔の言葉だと、理解していた。 それでも手を取らざるを得なかった。 (強くなれば、鬼道さんはもう一度、隣に、あの人の世界を、) 踏み外した足を、諌めて欲しかったのかもしれない。 何だかんだ言って、鬼道に戻ってきて欲しかったのだ。 自分が、皆が笑顔になるには、彼が必要不可欠だったから。 佐久間にはもう何が何だかわからなくなっている。 ただ、禁断の技を練習し、影山のてのひらで踊るだけ。 『皆に笑っていてほしいんです』 他のメンバーから報告を受けた鬼道たちが帝国にやってきた。それを嬉しそうな目で見る源田には、ほぼ自我は残っていない。 佐久間は演技をし続けた。ひたすら鬼道を恨み続けた。愛すべき鬼道を憎み続けた。 「逃げろ、鬼道さん…」 逆の言葉を言い続けた。 ──────────── 鬼道の夢を聞くことが、佐久間は嫌いではなかった。 最高の舞台で活躍したい。貢献したい。そう佐久間に語った。 不思議と、それが叶う気がするのだ。 必ずこの人は夢を叶えれると。 「笑ってくれ、佐久間…」 だからだろうか、涙声でそう呟かれたのには大層驚いた。 宇宙人騒ぎも一段落…というか、特訓をしに東京に戻ってきた鬼道は佐久間の病室を訪れた。吉良瞳子監督の勧めで入院しているこの病院には、豪炎寺の父が勤めている。 「泣かないでください」 「佐久間…起きたのか」 「少し前に」 安心させたくて、鬼道の手を握る。 ぴくりとも動かない足。だが、救急車に乗る前は手さえ動かなかったのだ。起き上がることは難しいが、ここまで回復したのだ。 「ごめんなさい、鬼道さん」 「謝るな。俺が悪かったんだ」 「違います。その事じゃありません」 掴んだ手を、頬に持っていく。 「俺は、きっと、まだ、笑うことが…」 想いを否定し続けた結果、佐久間の心は少しだけ、ズレができてしまった。 何が本当なのか分からない。 答えはすぐそこにあるのに。 「でもね、貴方には笑っていてほしいんです」 ぎこちなさを残したまま、鬼道は口元を少しあげた。 それでいい。 これでまた、佐久間は生きれる。 「笑っていて、」 (笑って 笑って 笑ってほしいよ) (ぎこちなく私は生きる) end To Just call my name...様 ありがとうございました。 |