君は涙に溺れた
あいつは、仲間が怪我をしたと言って泣き、任務の責任は私にあると言って泣き、仲間が無事だったと言っては泣く。その代わりによく笑い、喜び、怒って、しょげた。目まぐるしく変化する感情も表情も、俺にはほとんど理解できないもんで、よくもまあ尽きないものだと半ば呆れ半分でいつも見ていた。
｢あのね、だから、神田ももっと笑うべきだと思うの｣
そのあいつが今、俺に向かってご高説を述べているわけで、俺としてははっきり言って面倒だ。笑え、と今まで何度言われたか分からない単語を今日もまた、あいつは飽きもせず口にする。
｢ほら、笑ってー｣
無視を決め込んでいたら、しまいには俺の頬をつまんで引っ張り始めた。地味に痛い。
｢……うぜぇ｣
｢あ、神田やっと喋ってくれた!｣
睨んだ視線にも怯まず、あいつはえらく検討違いなところで喜んだ。
｢さ、その勢いで笑って｣
いや、どの勢いだ。突っ込みかけて、馬鹿らしくなってやめた。こいつの相手は疲れる。
｢だってね、笑ったら幸せになれるんだよ｣
幼い頃から、こいつの、例えばこういうお気楽な幸福論が嫌いだった。笑えば幸せになれるなら、何でｱﾙﾏは、俺は、こんな運命の下で生きなければならなかった?目の前のこいつだって、世界中みんな、笑うだけで幸せになれてしまうなら、とっくに誰もがそうしている。少なくともｱﾙﾏは、幸せにはなれなかった。こいつだって、そうではないか。
｢お前は良いな、どうせ何も考えてねぇんだろ｣
いくつもの涙を見た。こいつのどんな表情も知っていた。だから、こいつが誰よりも多くのことを考えて、どれだけたくさんの思いを隠して笑っているのかも知っていた。ずっと、こいつを見てきた。
｢ぁ……、ごめん、なさい｣
それなのに。こいつにこんな顔をさせたいわけじゃない。いつも、上手くいかなかった。こいつの優しさはいつだって自己を省みない上に成り立っていて、無性に苛ついて、拒む度に傷付けた。
｢っ、｣
｢でもね、あの、邪魔かもしれないけど、｣
俺が何か言おうとして躊躇っている間に、あいつはもう一度口を開いた。
｢神田は強いから、誰にも涙を見せないから、きっと心の中で泣いて泣いて、神田の心は助けてって、涙に溺れちゃいそうなんだと思うの｣
あいつの目はまっすぐに俺を見つめている。
｢人前で泣けって言ってるんじゃないよ、でも泣けないなら笑えば良いって、思って……｣
あいつの声は語尾がだんだん掠れていって、あいつの目に映る俺の像がぐにゃりと歪んだ。
｢あれ、何で私が泣いちゃうかな｣
あいつはそう言いながら立ち上がって、俺から離れようとした。小さくごめんねと呟かれたのが聞こえる。
｢っ、え?｣
気付いたら、その腕を掴んでいた。この細い手で、こいつは今までどれほどたくさんの人を支えてきたのだろう。
｢……泣くな｣
｢かんだ、｣
｢笑っとけよ｣
大きな瞳がぱたりと一度閉じられて、また開いた。その中にはまた俺が映っている。
｢うん、ありがとう｣
頬に涙の筋を残したまま、こいつは笑った。その細くなった目許からもう一筋、涙が零れた。
｢私、神田にも笑ってほしいよ｣
泣きながら、こいつは笑う。
｢ちゃんと、待ってるから｣
そう言ったこいつに、どうしようもなく堪らなくなった。掴んだままの手首を引っ張って抱き寄せたら、慌てたみたいに身体を固くして、それでも背中に回る手がいじらしい。
｢ﾘﾅ、｣
｢なぁに、神田｣
｢……待ってろ｣
耳元で囁いたらはっと息を呑む音が聞こえて、真っ赤になった頬が見えた。ああ、幸せってもしかしたら、こういうことなのかもしれない。
(だけどその後は、どうか僕を愛して)
