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 久しぶりに訪れたそこは相変わらずごちゃごちゃしていて、たくさんの人が行き交っていた。

『そっちの洋菓子屋さんで注文したから、貰ってきて!』

メールの文面を確認して、小さく溜め息を吐く。お父さんの誕生日だからって何で地元のケーキじゃなくてこっちのゼリーにしたんだろう。行ったこと無いお店の名前、目の前を通り過ぎていく知らない人と景色。

「ねぇ、君1人?」

急に目の前の景色が遮断されて、趣味の悪い大きなネックレスが目に入った。顔を覗き込んでくる男の人は、耳にたくさんピアスを付けていて、痛そうだなぁなんてぼんやり思う。

「俺らと遊ばない、楽しいからさぁ」

「ぁ、あの、ごめんなさい用事あって…」

街を行く人は遠巻きに私達を見ていて、誰も助けてはくれない。

「そんなこと言わないで、行こうよ」

「ぃやっ、放して……っ」

気付いたらピアスをいっぱい付けた人に腕を掴まれていて、他にも何人かに周りを囲まれていた。

「おい、」

必死に抵抗していたら、頭上から低い声が降ってきた。

「そいつ放せよ」

「あ゙?誰だてめぇ」

「ぉ、おい、こいつ…N高のゆうじゃねぇか」

明らかに焦った声で、優衣から聞いたばかりの名前が囁かれた。その途端、ピアスの人は急に私の腕を放して、周りにいた人達とどこかに行ってしまった。

「ぁ、あの、」

助けてくれた、みたい。お礼を言わなきゃと思って振り返った先には、茶色く染めた短髪の人が立っていた。うそ、この人が、ゆう?

「はる、か?」

「っ……誰、あんた」

向こうで、ゆう早くしろよーと呼ぶ声がする。

「え、何で、」

「もう二度とその名前呼ぶんじゃねぇ」

私から離れていく直前に、彼はそう言った。どうして、こんなに苦しいんだろう。せっかく会えたのに、噂なんかじゃなくて本物の彼は、記憶よりもずっと大人びて、私のことなんか忘れてしまっているみたいだった。














 駅からの帰り道をどうやって帰ったのかよく覚えていない。気が付いたらもう家の前で、お母さんにあらゼリーは、って言われた。ごめんね、買いに行けなかったよ。部屋に籠って、涙も出ない自分を呪った。泣いてしまえば忘れられるかもしれないのに、からからに干からびたみたいに涙腺はちっとも緩んではくれなかった。


「私のこと、忘れちゃったのかな」
枕に顔を押し付けて、どれくらいそうしていたか分からないけど、口に出してようやく頭が働き始めたのを感じて、同時に胸の奥から熱いものが込み上げてきた。あぁ、実感すら沸いてなかったのか、なんて暢気なことを考えた。

「そっか、そうだよね……どうでもいいただの幼馴染みなんて、忘れちゃっても仕方ないよね」

「私は、一度も忘れたことない、のに…っ」

その日は、お母さんが代わりに取ってきたゼリーもいつもよりちょっと豪華な夕飯も喉を通らなくて、風邪っぽいと嘘をついてずっとベッドで泣いた。


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