誰も知らない出会い



 寝不足に喧嘩はまずかったかとか暢気なことを考えていた。逃げていった奴らはもう戻っては来ないだろうし、覚束ない足でふらふら歩くのも面倒だった。コンクリの壁に背を預けて、そのまま座り込む。霞む視界の中で、意識を手放しかけたその時だった。

「おい、」

震える声にそう言われて、俺は前を見た。ああ、あいつらに絡まれてた奴か。男に興味持たれるなんて可哀想に。

「大丈夫か……?」

端整な顔が、男に襲われかけたせいでひきつっていた。声も、手だって震えているくせに、俺の心配をしているのか、こいつは。

「……あんたは」

「あ、ぁ大丈夫だ、ありがとな」

そう言って無理に笑おうとしてまた震えた。それなのにやっぱり逃げようとはしないで、俺を心配そうに見ている。

「けが、俺のせいだ」

冷たい指が俺の頬に触れた。さっき殴られたところだ。痛みに顔をしかめると、慌てたように手が離れて、すぐに悪いと言われた。殴られて熱を持ったそこに、こいつの指の冷たさは心地よくて、離れた瞬間少し惜しいと思った。もう少し触れていてくれたら、と。

「俺なんかにかまうな」

「え、」

「怖いんだろ、どっか行けよ」

せっかく逃げるタイミングを作ってやったのに、こいつは動こうとはしなかった。相変わらず震えている声を必死に隠して、怖くなんかねぇよと嘯く。

「来てくれて、助かった……あんたが助けてくれたんだ」

たまたま通りすがっただけで、別にこいつを助けようなんて思ってなんかいなかった。それなのに、どうしてこいつはこんなに真っ直ぐ俺を見るんだ。

「……っ、」

無意識に手を伸ばした。触れた瞬間、びくりと跳ねた肩も構わず、俺は目の前の奴の手を取る。

「な、に…して」

「冷てぇ、あんたの手」

頬に置いた手の上から、逃がさないように俺の手を重ねた。冷たい体温が溶けて、包まれるように優しい温度が俺の頬に伝わる。喧嘩以外で他人に触れるのも触れられるのも、そういえば久しぶりだった。

「あんたは、あったかいんだな」

諦めたような微笑を浮かべて、こいつは俺に言った。背中を預けたコンクリの固さも、殴られた傷の痛みも、一瞬どこかへ行ったみたいに、世界が俺とこいつだけになったような、変な感覚が俺を襲ってすぐに消えた。ざわりと騒いだ心臓に我に返った俺は、あいつの手を放して立ち上がった。見下ろされるのがいたたまれなかったのか、奴は合っていた視線を外して、足元にさ迷わせる。

「……じゃぁな、」

俺と同じように立ち上がってそう言った奴は、俺には見向きもせずに背を向けた。何だ、こいつ、今になってようやく怖くなったか。俺も踵を返して、少し暗くなり始めた空を見上げた。背後に聞こえる遠ざかっていく足音が、名残惜しく感じるのはきっと気のせいだろう。




(運命って恐らくはこういうこと)

続きません。←

と、思ってたけど続きますごめんなさい。


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