闇の中に君と僕
ヤンデレモブ→ザンスク
「おっもしれー、こいつ」
豪奢なシャンデリアの下で、俺は自身が所属する組織の幹部の方々に囲まれていた。でかい抗争に駆り出されて遠征してきた先の根城として、この国有数の高額なホテルが用意されていたのだ。
「ベッ、ベルフェコール様、お止めください…っ」
俺の首筋をナイフでひたひたと叩きながら愉快そうに笑ったベルフェコール様は、緊張でたじたじの噛みまくりだった俺の報告を言っているようだった。
「ゔぉぉい、ベルそんぐらいにしとけぇ」
助け舟を出してくださったスクアーロ様は呆れたように笑っていた。
「報告内容は解ったんだから良いだろぉがぁ」
あの方はスクアーロ様の奥で、見るからに座り心地の良さそうなソファに座っておられた。不機嫌そうに背もたれへ体重を預けるその姿は、威厳やら威圧感やら果ては色気さえ醸し出しているようで、俺にはとても直視するどころか頭すら上がらなかった。
「ししっ、こいつ涙目なんだけど」
前髪に隠された瞳が容赦無く俺を射抜いて、漸くナイフが引っ込められた。ああ、助かった。
「ゔぉい、もう下がって良いぜぇ」
スクアーロ様の声に弾かれたように顔を上げた俺は、必然的に真正面のあの方の瞳を見つめてしまった。吸い込まれそうに深い真紅。けれどその視線は直ぐに外されて、俺の頭上をほんの一瞬仰いだ。本当に一瞬で、俺は殆ど気付くことだけで精一杯だったけれど。
ビュッと何かが空気を切る音がして、同じように上を見上げた俺はスローモーションで迫ってくるシャンデリアを見た。
強張った体は頭でどれだけ逃げろと警鐘を鳴らしても動いてはくれなかった。
迫るクリスタル、周囲の他の照明に照らされて輝くそれを綺麗だと思った時点で、俺は多分死ぬ覚悟をしていた。
傾く視界の中で、俺じゃない誰かを見て眉をひそめるあの方が見えた。目を閉じる。
―――暗転。
いくら待っても、痛みも衝撃も暗転も訪れなかった。おかしい、代わりに近くでシャンデリアだけが割れたような硬い音がした。
「ゔぉぉい、目ぇ開けろぉ」
「……っ」
ほんの数メートル先に無惨に砕け散ったシャンデリアの残骸が山になっていた。スクアーロ様の腕の中で目を白黒させているとベルフェコール様がまた笑った。
「ししっ、やっぱこいつおもしれー」
あの方は俺のことなんか見てはいなかった。避けるぐらいしろぉ、と呆れ口調で俺を詰るスクアーロ様をきつい目で睨んでおられた。スクアーロ様の肩に、小さな傷が見えた。
「もっ、申し訳ございません…!!」
俺が平謝りに謝るのをスクアーロ様は軽くいさめて、割れたシャンデリアの後始末を言いつけた。
一旦退室するよう言われて部屋を後にする間のほんの数秒、あの方の痛いくらいの視線を感じた。
俺の目の前に黒光りする銃が突き付けられている。あの方愛用のそれだと気付いて、俺は心踊らせた。
「何用でしょうか、XANXUS様?」
いくら夜闇の中で何も見えないからと言って、気配すら感じさせず、沸き起こる殺意さえ消し去って目の前に立つなんて芸当を、俺は心からの感動を以てして見ていた。
ああ、XANXUS様が俺の為に、俺だけの為に此処へいらっしゃってくれたのだ。たとえその瞳はスクアーロ様しか写していなくとも、この暗殺がスクアーロ様の仇討ちだとしても、今この瞬間だけは、このお方は俺を見てくださっている。
「そのご様子だと、スクアーロ様はお亡くなりになられたのですね」
シャンデリアの鎖を外れやすくしておいたのも、シャンデリアに猛毒を塗っておいたのも、全てはこのお方の関心を少しでも俺に向けさせるため、それだけだ。
「……本当に、俺は幸福者だ」
訪れる衝撃を心待ちにしながら、最期に俺はそう呟いた。
月明かりも無い夜に溶け込んだ男が2人、狂気じみた微笑を浮かべたまま絶命している女を見下ろしていた。
「こいつどうすんだぁ」
1人の男が独特の声でもう一方の男に尋ねた。
「放っておけ、どうせ朝には見つかる」
「あぁ、それにしてもモテるなぁ、ボス」
くつくつと肩を震わせた男は、長い銀髪をかきあげた。
「一人称まで俺な癖に、心は乙女だったってわけだ」
ボスと呼び掛けられた男も、鼻で笑ってそれに応じた。
「恋敵殺りたくなんのも分からねぇでもねぇけどなぁ」
男はそうひとりごちて、帰るかぁともう一方の男に言った。
恐ろしく静かな、夜のことだった。
(さよなら、お前にこいつはやらねぇよ)