誰にも渡したくなかったからで、
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そうして、あいつは俺のことをとことん今まで通りに扱い始めた。喧嘩もするし飯の前は絶対起きて来ないし、本当は全部俺の夢だったんじゃないかって思うぐらいいつも通りに。
「ゾロ、最近元気ないわね?」
それなのに、ナミさんがそんなことを言うから驚いた。
「そうね、剣士さん、寂しそうだわ」
ロビンちゃんもそれに同意して、コックさんもそう思わない、と俺を見上げる。あー、くっそ、何だこの気持ち。
「あ、えー、そうかな」
曖昧な笑みでその場を濁して、頻りにあいつを心配するナミさんとロビンちゃんから足早に離れた。
やばい、気がする。あんなにお美しい2人に心配されて、ゾロの奴どんだけ幸せ者なんだって、いつもなら思うはずだった。
『最近元気ないわね』
『剣士さん、寂しそうだわ』
それがどうだ。多分、思い違いじゃなければ、俺は今、ナミさんとロビンちゃんに嫉妬している。
「わ、け分かんねぇ」
あいつのことは俺だけが知っていればいい、あいつの変化に俺が気付けなかったのが悔しい、なんて思ってる。今まで一度も遭遇したことの無い心境に、俺は困惑した。
「何なんだよ……、」
甲板まで持っていったばかりのおやつは、船長の食い意地のお陰で今日も無事に空の皿が返ってくるだろう。おかわり、とか叫びながら、扉が勢いよく開けられる。その前にどうにかしなくてはならないのに。どうしても、心臓の辺りのもやもやと動悸が収まらなかった。
元気がなくて寂しそうだとレディー達に評されたあいつが、その夜も同じように酒をせびりに来た。
「おい、酒」
低い声が呟いた言葉はやっぱりいつもと同じで、それなのに、俺はそれが嫌だと思った。物足りない、何故かなんて分からないけれど。
「……ねぇよ」
嘘だ、本当はちゃんとこいつ好みの酒が保管してある。いつだって食材と一緒に買い足して、切れないようにしているのに、何だかそれが馬鹿らしく思えた。俺はいつもお前のために、ちゃんと、……って、え?
「は?」
気付いてしまった一瞬に、俺の手からお玉が落ちた。からからと高い音が、2人だけのキッチンに響く。
「グル眉、おい、聞いてんのか」
いつかのゾロの右手が、俺の左手首を掴んだ。触れた其処からじんじんと熱が広がっていくみたいで、思わず肩が跳ねる。こんなこと、何ともないはずなのに。
「……返事ぐらい、しろよ」
「ゾロ、」
俺は背中を向けたままだった奴を振り返って、真正面からその深い瞳を覗き込んだ。何ともないはずだった。
「……っ、な、」
掴まれた手首を外しながら、おれは右手を逃げようとする奴の頬に添えた。伝わる熱が普通より少し高い気がした。
「忘れられると思ってんの」
拒めないって分かっていて握った左手が、どれだけ狡いことか、あいつの目に俺が写らないのは多分そういうことだと思う。
「―――ゾロ」
「っ、」
思いきり逸らされた横顔が震えて、思わず緩んだ左手の拘束が振り払われた。
「……っなぁ…忘れさせてくれ、頼むから……っ」
咄嗟に掴もうと伸ばした右手は虚しく空をかいて、あいつの背中が夜の黒に飲み込まれるのをただ呆然と俺は見送った。絞り出すみたいに叫んだ奴の頬で光ったのは、あれは。
「なに、やってんだ……おれ」
きっと俺はあいつを傷付けた。それも一番、残酷な方法で。仲間に向けるには深すぎる感情を、あいつも俺も抱いていたのに。
「……好きだ、ゾロ」
俺だけを見ていてほしかった。その瞳に俺を写していてほしかった。気付くのが、遅すぎた。