お前がいないと
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そろそろ試合の始まる時間だった。絶対見に来てくれよな、と笑う奴の顔が脳裏を過る。行きたい。いや嘘だ、行きたくない、絶対行ってなんかやらねぇ。野球馬鹿が野球してるところなんて、当たり前すぎて面白くも何ともない。
10代目は行ったのだろうか、あいつに誘われて、俺だけ、なんて自惚れるほど俺は馬鹿じゃあない。奴とは違うのだ。10代目を笑顔で誘っているのを俺は見逃さなかったし、クラスの女子に私達も行って良い?、なんて言われて笑って了承しているのも見た。
別にずっと見てた訳じゃ無い。偶々、目に入っただけだ。俺よりも高い身長と社交性とルックスと、あいつがモテる理由は贔屓目を抜きにしても山ほどある。クラスの女子は大概あいつ狙いだって、前に男子が嘆いていたのを聞いた。多分今日の練習試合も山本目当ての女子が大勢学校のグランドに集まっているのだろう。ああ、胸くそ悪ぃ。あんな奴、負けちまえ。
………やっぱこれも嘘だ。負けんな馬鹿、負けたらただじゃおかねぇ。
9回裏2アウト満塁、得点は0-0、バッターは、あいつ。小説みたいに出来すぎたシチュエーションで、女子の甲高い声援と野球部員の太い声がグランドに響いていた。見つからないように校舎の陰から見ていた俺は、からからに渇いた喉を潤そうと生唾を呑み込んだ。
「………は、」
こっち向いた。この距離で気付く訳無いって、そんなことは分かっている。気のせいだ。あいつの視線も、煩い心臓も。
小気味良い音と共に高々と打ち上がった打球は、その飛距離をぐんぐんと伸ばして校庭の向こう側へ吸い込まれていく。黄色い歓声と歓喜の叫びが木霊する中で、野球馬鹿はゆっくりとダイヤモンドを回った。
よくやった、とか、すごかったね、とか歓声に揉みくちゃにされながら、奴は嬉しそうに笑っていた。けれどいつもみたいにそこへ長居はしないで、勝利の熱だけを残してすぐに脱け出した。
「ごーくでら、」
で、何で俺が此処に居ることをこいつは知っているんだ。
「来てくれたのな」
くそ、こいつの笑顔に俺は弱い。こいつは知らないんだろうけど、俺が今どれくらい嬉しいかとか、心臓がどれくらい煩いかとか。
「な、最後の時しか居なかったんだろ」
「…ああ」
んー、やっぱりなー、と考え込むような素振りを見せた奴は、心底不思議だという顔をした。
お前がいないと調子でねーとか、俺どっかおかしいのかな
(( 芽生えたて、淡い恋心 ))
確かに恋だった
恋に気付かない彼のセリフより